(写真:Shutterstock)
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 なんという痛ましい事件だろう。

 地域の人たちの命の、“最後の砦(とりで)”だった医師らが、その患者の家族に銃撃された。

恐るべき「悲鳴の実態」

 報道によれば、容疑者の男は数年前から高齢の母親を介護。母親が他のクリニックで受け入れを断られたため、5~6年前から、この事件で亡くなった医師のクリニックが、訪問介護などを行っていたという。

 男はスタッフに対して、クレームや罵声を浴びせることが度々あり、栄養をチューブで胃に直接送る「胃ろう」を在宅で受けられないことに強い不満を抱き、クリニックに抗議文を送りつけていたそうだ。

 事件が起きたのは母親が亡くなった翌日で、男は医師ら7人を自宅に呼びつけた。銃で撃たれて亡くなった医師のほか、理学療法士の男性が意識不明の重体。30代の医療相談員の男性は催涙スプレーをかけられたとみられている。

 これまでにも医療現場での、利用者やその家族からのハラスメントや暴力は、医療関係者の間で問題視されてきた。しかし、一方で、そういった実情を公表すると、「看護師のくせに利用者を悪く言うのか!」「介護職員のスキルが未熟なんじゃないか!」「被害を公表して恥ずかしくないのか!」といったバッシングを受けたり、「看護師や介護職員も利用者に暴力をふるっている」と、逆に責められたりする場合があった。

 さらに、職員自身が管理者に相談をしても、「我慢してほしい」と言われてしまうことも。つまり、医療関係者、すなわち「治療やケアする側」にも、「患者=治療やケアされる人」から受けるハラスメントを、ハラスメントと捉えてはいけないとタブー視されていたのだ。

 “患者さま”という言葉が象徴している――。といえば、よりニュアンスが伝わるだろうか。

 私自身、大学院在学中からこのような問題は把握していたけど、正面から取り上げたのは4年前。こちらのコラム(「介護職員への暴行、杖を股に当てるセクハラも」)で書いた通り、所属する学会のジャーナルで、「在宅ケアの現場における暴力・ハラスメントの問題」と題する大特集が組まれたことに背中を押された。

 詳細は、件のコラムをお読みいただきたいのだが、改めて医療従事者たちがやむなく押し殺してきた“悲鳴の実態”を紹介すると……、

  • 訪問看護師の33.3%が身体的暴力を経験
    (「在宅ケアにおけるモンスターペイシェントに関する調査 」2008年

  • 介護職の55.9%が身体的・精神的暴力を経験し、施設介護職員では77.9%、訪問介護職員では45.0%
  • 介護職の42.3%が性的嫌がらせを経験し、施設介護職員では44.2%、訪問介護職員では41.4%
    (以上は「介護現場にあるケアハラスメント」2017年、訪問看護と介護、医学書院)

  • 訪問看護師の50.3%が身体的暴力・精神的暴力・性的嫌がらせを経験
    (「訪問看護師が利用者・家族から受ける暴力の実態と対策」2017年

  • 身体的暴力を受けたことがある人は45%、精神的暴力を受けたことがある人は53%
    セクシュアルハラスメントを受けたことがある人は48%
    (「全国訪問看護事業協会」2018年)

 ※具体的に「何が?」「どのように?」起きていたかは件のコラムを参照してください。

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