
有能な人材――。
新型コロナウイルス感染症の拡大で、世界の産業構造が急変して以降、この言葉がやたらと使われるようになった。
来たれ、有能な人材?
「有能な人材が不足している」「年齢に関係なく、有能な人材を高賃金で採用する」「有能な人材の獲得方法」などなど、あちこちで「有能」という、えらく甘美な2文字が使われている。
むろん、先見の明のあるトップは、コロナ前から「有能な研究者・技術者」の確保に乗り出していた。
コロナの“コ”の字もなかった2019年6月、ソニー(現ソニーグループ)はAI(人工知能)などの分野で、高い能力がある新入社員を優遇する制度をスタート。これまで新入社員には、入社2年目の7月から一律に付与されていた「グレード(役割に応じた等級)」を、専門性が高かったり仕事の成果が優れていたりする新入社員には、最短で入社1年目の7月に付与できるようにした。新入社員でも年収730万円に届く水準となり得るとしたのだ。
さらに、同社は19年11月には、AI開発などの専門スキルを持つ社員を対象に、年収1100万円以上を支払う制度を2020年度に新設すると発表している。
また、同年10月には、NECが研究職の新卒者を対象に、年収1000万円を超える給与を支給すると発表。大学時代の論文が高い評価を得た新卒を、破格の厚待遇で迎えることにしたのである。
しかし、その一方で、当時は多くの人たちが、「有能な人材を高給で雇えるなんてことができるのは、グローバル企業だけだよ」「そんな優秀な新卒、とっくに海外に行ってるでしょ?」と、他人事、絵空事だと、「俺たちとは関係ない」としていた。「このままじゃヤバい」と、自分たちの立ち位置を危ぶみ、未来に危機感を持ち、具体的に動いたのはごく一部の企業だけだった。
とっくに海の向こうではAIやITが“日常”に入り込み、米国のアップル、グーグル、フェイスブック(現メタ)、マイクロソフトや韓国・サムスン電子などのIT企業が、売り上げや企業価値で世界を席巻していたにもかかわらず、だ。
しかし、その後のコロナ禍で、いかに日本がデジタル後進国だったかが浮き彫りになり、どこもかしこも“有能な人材獲得フィーバー”に明け暮れている。連日、新聞紙面には有能な人材という言葉が躍り、「有能な人材」というキーワードで、日本経済新聞の記事を検索したところ、実に353件がヒット。
「世界から有能な人材が集まる」「若い有能な人材」「有能な人材のニーズ」などなど、「来たれ! 有能人材!」といった趣旨の記事が量産され、「有能な人材」という言語明瞭、意味不明の言葉が闊歩(かっぽ)しているのだ。
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