(写真:Shutterstock)
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 2021年が間もなく終わる。
 毎年、毎年、“あっ”という間だ。しかも、その“あっ”が、年々加速度を増して早まっている。その一方で、この1年間の出来事を即座に思い出せない。困った。というか、年末になって、バッタバッタと“突然の変化”が相次いでいて、心が全くついていけてないというか、なんといいますか。

 まぁ、半世紀以上生きてると、色々とありますわね。自分自身のことなら、「これも芸の肥やし」と自分に信じ込ませればなんとかなる。問題はそうじゃない場合だ。50歳を過ぎると、これが増えるんで、ま、とにもかくにも大変ですわ、はい。

「働く」が軽んじられる

 さて、みなさまはどんな1年でしたでしょうか。

 今年もたくさんの方に読んでいただき、たくさんのコメントをいただきました。みなさまのおかげで、15年近く書き続けることができています。心より、お礼申し上げます。

 私にとって、本コラムを毎週書くことは、世の中の“空気の変化”を知るための作業であるとともに、自分と向き合う貴重な時間だ。

 特に、2021年は身につまされる問題が多く、「仕事が日常的にある」「毎日、やるべき仕事がある」というのが、実は特別なことであると感じると同時に、人は働くことをやめてはいけないし、誰にも奪い取る権利などない、と強く思った。

 私は、「人は幸せになるために生まれてきた」と信じている。働くことは、「幸せになるための最良の手段」だと考えている。

 しかしながら、この1年は昨年以上に、仕事を奪われた人、奪われずとも痛みが増した人、その痛みが生活全般に広がり、悲しい選択を余儀なくされた人が後を絶たなかった。
 その余波が子供にも伝播(でんぱ)し、胸が痛んだ。

 なぜ、こんなにも普通に働くことが難しくなってしまったのか。
 なぜ、こんなにも働くという崇高な行為が、軽んじられているのか。

2021年は「辛丑(かのとうし)」。「辛」は草木が枯れ、新しくなろうとしている状態で、「丑」は種から芽が出ようとする状態だそうだ。つまり、新型コロナウイルスで幕開けした「新しい世界」が、本格的に始まろうとしているということだろうか。

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