とまぁ、政治の話を基に書いているが、前述した通り「批判することを批判する社会の空気、批判する人を批判することが正義のように扱われてる風潮」が、今回のテーマだ。

 なんで、こんなにも批判する人を批判する社会になってしまったのか。
 自己責任論が跋扈(ばっこ)するようになったことが、何か影響しているのだろうか。
 その辺りはまた今度じっくり別の機会に考えるとして。前置きが長くなった。
 ある会社員の嘆きをお聞きください。

批判ではなく意見を言え?

 「うちの会社ではコロナ禍を機に、組織風土改革を進めています。これまでは上意下達が原則でした。でも、それだと、意思決定が早いという利点はありましたが、改善や課題が見過ごされる。
 なので、メンバーの誰もが意見を言える風土にしようと、取り組んでいます。といっても、トップダウンです。社長がやるって言ったから、やろう、みたいな。そんな感じです。

 その取り組みの1つに、少人数のグループディスカッションがあるんですね、リーダーに、日々の業務に関わる現場のメンバーが意見する場です。とにかく社長は、『意見を言い合う』ことにこだわっているので、意見は必ず出さないといけない。なので私も、さまざまな意見を出しました。

 日々の業務で、気がついたことはメモしていたので、自分としては建設的な意見を言えたと、考えていました。他のメンバーからも、いろいろな意見が出て勉強になったし、それまで何気なくこなしていた日々の業務について、改めて考えることにもなります。ですから、いい取り組みだと思っていました。

 ところが、上席から『批判ではなく意見を出すように』という、通達が出てしまった。
 対案を示さない意見は、ただの批判だ、と。これっておかしくないですか? 批判的なものでも意見は意見ですよね?

 大体、誰もが意見を言える職場を目指してるのに、批判ではなく意見を言えって、意味が分かりません。こんなこと言われたら、何も言えなくなると思いませんか?」

 全くもって仰る通り! という、笑うに笑えない“社内情報”を話してくれたのは、某メーカーに勤める50代の女性社員だ。

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