「愛があればなんでも許される」という間違った価値観は、「パワハラと指導の境界線が難しい」という、一見「部下思い」の言葉に変わり、今や「パワハラの存在は認められなかった」という組織を守る見解に発展した。

 だいたい、「あなた」が懐かしむ昭和の時代にも、理不尽な扱いに悩み、誰に話すこともできず、ひたすら耐えるしかなかった人はいたはずである。中には、耐えきれずに会社をひっそりと辞めていった人だっているかもしれない。なのに、いまだに「いじめ」を擁護する組織に、どんな存在意義があるのか、ぜひとも教えてほしい。

世界と逆を行く日本

 結局、日本は30年近く変われなかった。その間、欧米ではハラスメント対策を進め、法律を作り、罰則を作り、今や世界各国が「パワハラ撲滅」に動いているのに。日本は「人権」より「企業の体裁」という独自路線を進んでいる。

 2019年6月、国際労働機関(ILO)は「働く場での暴力やハラスメント(嫌がらせ)を撤廃するための条約=ハラスメント禁止条約」を採択した。採択では、ILOに加盟する国ごとに、政府2票、経営者団体1票、労働組合1票の計4票が与えられ、圧倒的多数で条約は採択された。

 日本政府と労働組合=連合(日本労働組合総連合会)が「賛成票」を投じたのに対し、経営者団体=経団連(日本経済団体連合会)は「棄権」。しかも、連合は「批准」を求めているのに、政府は「批准」していない。その理由とされているのが、条約に組み込まれた「禁止」という2文字への日本政府のアレルギーだ。

 条約は、ハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的危害を引き起こす行為と慣行など」と定義し、それらを「法的に禁止する」と明記している。つまり、日本の「パワハラ防止法」には、「禁止規定」や「罰則規定」がないし、加える動きもないので批准できない。識者からは散々「実効性がない」「パワハラ禁止を規定せよ!」と声が上がったのに最後の最後まで規定を入れず、これだけパワハラで人生をめちゃくちゃにされた人が後を絶たないのに、改正する動きもない。

 「法的に禁止」すると、「損害賠償の訴訟が増える」という流れが予想されるため、「棄権票」を投じた経団連をおもんぱかり続けている。
 本来、パワハラ防止法は「働く人」を守るためにあり、「ハラスメントは絶対に許してはいけない人権侵害」と広く認識させるために存在する。なのに、日本政府はいつも通りの「経済界への配慮」に必死なのだ。

 日本は世界の潮流に乗り遅れるばかりか、逆行の道をたどっているといっても過言ではない。

次ページ 政府が気にする「ちっちゃな正義」