だが、至極シンプルに理解すれば、「国がうるさいし、世間体もあるからさ、とりあえず相談窓口を設置したけど~、うまく機能させるのは難しいよね~」と考える企業が6割もいるってことなのだろう。少なくとも私はそう理解している。

 なにせ、私はこれまで何人もの“第三者”から、「パワハラを通報したいのだけど、報復人事が怖い」という相談を受けているのだ。中には「匿名だと社内調査を行わないんです。だから、実名でするしかないんだけど……」と、内部通報を辞めるケースもあった。

根っこは何も変わらず

 何か問題が起こる→社会的問題になる→国が動く→「さぁ、相談窓口を設置しよう!」――。
 相談窓口設置はもはや日本の伝統芸能の域に達しているのでは? と思うこともしばしばだ。

 そして、そういった意味不明が、「相談しても無駄」とあきらめる被害者を増やし、「自分の行為がパワハラ」と認識できないとんでもない輩をのさばらせる。それは、「目的が明確ならどんな不届きな行為でも許す」という、とんでも組織が生き残ることでもある。

 これって一体何? 形骸化という言葉を超えた、「組織による犯罪」とも取れる行為だ。

令和2年度厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書
令和2年度厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書
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 ご覧の通り、先述の調査でもパワハラを受けても「何もしなかった」人が36%もいることがわかっている。いや、「何もしなかった」のではない。何もできなかったのである。

 要するに、企業側はいまだに「パワハラはされる側に問題がある」と考えているのではないか。

 さすがに、数年前には企業のあちこちに巣くっていた、
 「昔はパワハラなんて、日常茶飯事だったよ」
 「そうそう。僕も目の前で上司に原稿破られたりしたよ」
 「今だったら完全にパワハラになるんだろうけど、愛があったもんな」
 「ある意味ああいう行為って、愛情表現でもあるわけだし」
 などと、堂々と「上司のパワハラ」を「愛情だった」と笑いながら話し、懐かしそうに振り返る輩は消えたけど、根っこは何も変わっていないのだ。

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