(写真:Shutterstock)
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 今回は「命を預けられることの重み」についてあれこれ考えてみる。

 まずはこのテーマにした理由からお話ししなければならない。極めて個人的な出来事で申し訳ないが、10月11日にFacebookに投稿したコメントをお読みいただきたい。

親に何かあったらという不安

 9月26日に救急車で運ばれた母。
 意識を失い、おデコを10針、鎖骨骨折、手首打撲で東京女子医大に緊急搬送されました。私は地方にいて救急隊から電話を受け、兄に連絡。電車に飛び乗りましたが入院した母にコロナで面会できない。高齢者は入院などで「せん妄」が起こります。2週間の入院と言われたのですが「精神的に持ちそうにない」と判断し(9月)30日に退院させました。
 医師も協力的で痛み止めや連絡もまめに。お手伝いさんと私が昼夜交互でサポートし、母もがんばって奇跡的にメキメキと回復。体はまだダメですが本人が強く希望したので、昨日は予定どおりリハビリも兼ねて「辻井伸行」さんのコンサートに行きました。

 もうしばらくは手が上げられないので、着替えの手伝いを朝晩するのに行かなきゃですが……。大きな事故で洋服もすべて真っ赤になるほど出血したので、「もうダメだ」と絶望しましたが……一安心。このまま「あっちの人」になってしまうかと、心配した。
 入院中はナースセンターで、「Hey Siri、恋のカサブランカかけて」だのと言って、歌を歌っていて、看護師さんもドクターからも「かわいい! すごい!」と持ち上げられ、それなりに過ごしていたようです。
 リハビリで元の自立生活に戻れるということで、介護支援ではなく医療支援で訪問看護のリハビリを週2回受けられるようにしてくれるなど、東京女子医大の先生・看護師さんたちは本当に良くしてくださいました。

 コロナ禍では色々な問題が報じられていましたが、病気になったときに頼れるのは医師と看護師さんです。対応だけでなく「温かい言葉」に救われました。医療費でサポートしてくださる訪問看護の方たちの力は本当に助かります。どなたか分かりませんが、倒れている母に気づき救急車を呼んでくださった方にも心より感謝です。ママ、がんばりました。&もう少しがんばって。前のように一人で体操とコーラスに行けるように、がんばろうね。

 おそらく私と同年代の人たちの多くは、「親に何かあったら」という不安を日々感じているだろう。私自身、父の膵臓(すいぞう)がんが見つかった8年前以降、ずーっと携帯が離せないドキドキ感を毎日感じている。
 そんな中での事故。寿命のカウントダウンが始まっている親に“アラーム”が鳴ったとき、医師や看護師の方たちに「命」を預ける以外、子にできることはない。普段何気なく使っている「医療」という2文字に、私たちが依存していることを痛感させられるのだ(ちなみに母は私の近くのマンションで一人暮らし)。

続きを読む 2/5 せん妄ハイリスク患者ケア加算とは

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