(写真:Shutterstock)
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 「救える命を救っていきたい」――。

 この“美しい”言葉を、心から美しいと思える人は一体どれだけ、いや、一体“どこに”いるのだろうか。先週、菅義偉首相が発表した新型コロナウイルス感染患者を原則自宅療養とした判断の科学や常識からの逸脱ぶりは、まるでオカルトのようだった。

 批判が殺到したことで、「これは、あくまでも方針だ」だの「医師の判断に任せる」だの「今はまだ病床は満杯になっていない」だのと、国会で田村憲久厚生労働大臣が答弁していたけれど、感染爆発は止まらず、病床はすでに満杯状態に近い。このコラムが公開されるとき、この現実に政府はどんな方針を示すのだろうか。

手っ取り早く責任回避?

 いずれにせよ、既に二転三転している、この方針転換については「異論・反論・オブジェクション」が出尽くしているので、私からコメントすることはない。ただ、オカルト発言があった当日、ある報道番組が説明に使ったフリップを見て、至極納得したので、そのことに少しだけ触れておきます(こちらの資料にある図を基にしたと思われる)。

出所:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引」12ページ
出所:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引」12ページ
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 ご覧の通り、新型コロナウイルスの感染者のうち入院が必要になるのは「約20%」なので、田村大臣はそこに至るまでの1週間に注目したのであろう。一言で言えばすべては確率論。重症化リスクの高い患者などに対応するための病床を確保できないとなると、「自分たちの責任にされる! そうならないために早く! とにかく何かやってます! ってことを示さなきゃ!」と「数字」だけを見た。
 そして「(入院が必要になるのは)たったの20%ですよ!」「そーだそーだ! 8割は問題なし!」ってことになったのだろう。

 手っ取り早く責任回避に走ったにすぎないので、「人」など見ていない。専門家に意見を聞く必要もなければ、「重症化に至る過程」も知ったこっちゃない。「東京都内で自宅療養中の感染者が少なくとも8月中に8人死亡していた!」と報じられたが(資料)、「え? たったの8人でしょ? たった8人のために……」という論理が働いていたのだと、個人的には推測している。

 数日前には「治療薬を承認しました!」と意気揚々と発表していたが、「より早い段階で治療に介入しなきゃいけないんで、抗体カクテル療法を承認したはずなんですね。しかし、その治療っていうのは軽症者のうちに治療しなければいけないのに、入院しなければ(治療)薬が全然使えないんです」(by インターパーク倉持呼吸器内科の倉持仁院長)という実に的を射た意見があっても、「全てが確率論」なので何にも響かない。

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この記事はシリーズ「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。