健康社会学者の河合薫氏と北海道大学大学院理学研究院教授の黒岩麻里氏によるオンライン対談「やがて男はいなくなる? 消えゆくY染色体とおじさん社会」の第2回をお届けします。記事の最後のページでは対談動画をご覧いただけます(編集部)。

※本記事は、対談の模様を編集してまとめたものです。

健康社会学者の河合薫氏(左)と北海道大学大学院理学研究院教授の黒岩麻里氏
健康社会学者の河合薫氏(左)と北海道大学大学院理学研究院教授の黒岩麻里氏

河合薫氏:先日、政治家がLGBTなどの性的少数者を巡り、(LGBTは)「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」といった趣旨の発言をしました。こうした差別問題が浮上すると、「子供を産めるのは女だけしかいないじゃないか。(男女は)生物学的に違う」といった意見が出ます。しかし、生物界においてそれは正しいこと、本当のことなのでしょうか?

黒岩麻里氏:生物学的なメスの定義って、卵子を産生する個体なんですね。オスの定義は精子を産生する個体です。哺乳類の場合は、その卵が受精して、メスのおなかの中で育つので、出産は“女性”にしかできません。ただ、生物全体を見渡すと、必ずしも「子供を産むのはメス」ということではないんです。例えば、タツノオトシゴは、メスが卵をオスのおなかに産み付けます。

河合:ということは、オスのおなかの中で卵が育つ?

黒岩:はい、そうです。オスが子供を育てて、出産するんですよ。

河合:それは人間の世界でも起こるといいですね(笑)。

黒岩:人という枠からちょっと外れると、動物っていろいろなことをやっているんです。オスが出産して、オスが子育てするのが当たり前の動物はいっぱいいるんですよ。

女性のほうが長命、染色体のせい?

河合:それって、何かのきっかけでそうなるのですか? あるいは、最初からそういう生き物だった?

黒岩:その動物がどうしてそういう仕組みを持っているのかというのは、世界中の研究者が研究して、様々なことが分かっています。ざっくり言えば、それがその生物にとって意義があった、メリットがあったということです。うまい具合にその方法がフィットしたのでしょう。

河合:ということは、それがフィットしなくなると、また別の方法をとるということですよね。人間の世界でも男の人が出産するようになると、メリットがかなりありそうな……。

黒岩:人口問題、少子化問題とかにも大きく貢献できる、かもしれない。

河合:ですよね。ちなみに、寿命は世界的にも女性のほうが圧倒的に長いわけですが、性染色体が寿命と関係しているということはあるんですか。

黒岩:そう言われる方もいらっしゃいますが、正確なところは分かっていません。

河合:健康社会学的にはストレスへの対処の仕方の性差や、食生活やホルモンとの関係、病気になるリスクの違いなどが、寿命の性差に影響している可能性を指摘する研究者はいるのですが、そっか……、性染色体では分からないということなんですね。

黒岩:ストレス耐性やホルモンに関係している遺伝子は、Y染色体以外の染色体にあるんですね。Y染色体にはそういう遺伝子はないので、(ストレス耐性やホルモンに関係する遺伝子は)男女共通で持っている。持っているけれど、遺伝子の働き方が違って、差が生まれている可能性はあります。いずれにせよ、(寿命の問題には)Y遺伝子は直接、関係してないんだろうなぁと私は思っています。

河合:環境要因の影響もありそうですよね。あの、ちょっと変な質問ですが、生物における男らしさ、女らしさというのがあるとしたら、どういったものになるんですか。

黒岩麻里(くろいわ・あさと)氏
北海道大学大学院理学研究院教授
1973年、京都市生まれ。2002年名古屋大学大学院生命農学研究科にて博士号を取得後、日本学術振興会特別研究員を経て、2003年北海道大学先端科学技術共同研究センター講師に着任。2008年に准教授に昇任、2016年より現職。専門は生殖発生学。2011年染色体学会賞、2013年文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。著書に『消えゆくY染色体と男たちの運命』、『男の弱まり』など。

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