生活保護申請時に、子や孫、兄弟・姉妹にまで、「〇〇さんの面倒見てよ!」と連絡がいくことも生活保護の足かせになっていることは明らかであろう。先の、バス停で野宿していた女性には家族がいた。だが家族だからこそ言えないこともあるし、家族に迷惑をかけたくない気持ちだってある。

 そもそも日本のように、子に親の扶養義務を課したり、3親等の親族にまで扶養確認をしたりするような国は極めて珍しい。欧米の社会では、親族扶養は虐待などの引き金になりかねないと、家族とは切り離す形で制度が組み立てられている。しかも、多くの国では、「親が子の面倒」を見ても、「子に親の面倒」を見る義務は課していない。

支え合うのが家族というまやかし

海外における扶養義務の例
  • 英国:配偶者間(事実婚を含む)及び未成熟子(16歳未満)に対する親。同居前提。
  • ドイツ:配偶者間、親子間及びその他家計を同一にする同居者。ただし、高齢者、障害者に対する扶養義務は、年10万ユーロ(約1200万円)を超える収入がある親又は子。
  • スウェーデン:配偶者間(事実婚含む)及び未成熟子(18歳未満)に対する親。
  • フランス:配偶者間と未成熟(事実上25歳未満)の子どもに対する親。

 米国の生活保護政策の柱である連邦政府の社会保障局が運営する公的扶助である補足的保障所得(SSI)では、要件さえ満たせば扶助を受けるのに、親族の経済状況などは一切問われることはない。また、食料配給券、家賃補助、低所得者向け医療保険、養育支援、給食無料券など、個々人の状況によって複数のプログラムが提供される。

 厚生労働省は3月末、本人が扶養照会を拒む場合には、「扶養義務履行が期待できない場合」に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取る、という運用を求める通知を出した。が、この情報が“情報難民”の人たちに届いてるとは到底思えないし、この通知どおりに申請が本当に行われてるかどうかも疑問だ。

 本来であれば、「通知」などではなく、今こそ「社会保障のあり方」を見直す機会なのに、その動きも、やはり、ない。

 「家族」は支え合うもの、というまやかしの美徳意識が、SOSを出したい人たちを余計に苦しめている。
 特に、冒頭の男性のように“情報難民”に陥り、世界は動いているのに、自分だけ取り残されてしまっていることが分かると、なんとかしようという気力さえ萎える。「助けて」と言った途端自分が壊れそうで、とてつもなく弱い人間になってしまうようで言えないのだ。
 人は表立って依存することを嫌いがちだ。生活保護たたきや、自己責任論が拡大したのも、「自分だって『助けて』って言いたいのに言わないで生きてるんだよ」という、息苦しさも影響しているのだと思う。

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