改正高年齢者雇用安定法が4月1日に施行され、従業員が70歳まで働けるよう努力することが企業に義務づけられた。
この話題を報道するメディアは、こぞって「高齢者の働き方が~」だの「高齢者のモチベーションをどう維持するか~」だのと、高齢者、高齢者、高齢者という言葉を連発している。
なんだろう、この違和感。いったい高齢者って何なのだろう?
「何、バカなこと言ってるんだ! 65歳以上を高齢者って定義してるんだから、高齢者で問題ないだろ」
と叱られそうな、幼稚な問いではある。だが、私がこれまでお仕事させていただいた“高齢者”は高齢者ではなかった。
無意識バイアスによる年齢差別
65歳を超えているといっても、60歳となんら変わらないし、50代ともさほど違いがあるわけじゃない。40代より仕事ができないわけでもなければ、パソコンが使えないわけでもない。
なのに“高齢者”とラベリングされることで、「雇っている企業も大変だよなぁ」「そうだよ、70歳まで雇用するとかコストかかるだけだろ」だの、「高齢者より、若手」「そうそう、Z世代!」だのと、あたかも年齢が能力を左右するがごとく厄介者扱いだ。
若手を積極的に雇用している企業は、「攻めてるね!」と評価されるのに、年長者を積極的に雇用すると「社会貢献」のように評される。若手の給料を上げると「当然でしょ」と言われるのに、年長者はまるで給料泥棒のように言われてしまうのだ。
年を取るほど、若い社員よりも能力が低く、新しいことへの適応力が劣り、仕事に取り組む意欲が乏しくなる、と思われている。
若いからといって仕事ができるわけでも、創造力が高いわけでもないにもかかわらず、だ。
これぞ「無意識バイアス」。
そう、無意識バイアスによる年齢差別だ。ここ数本立て続けに無意識バイアスの問題を取り上げて、女性差別、男性差別などジェンダーバイアスについて書いてきたけれど、性差別と同様に、年齢への無意識バイアスがはびこっている。その差別が職場にもたらす影響は極めて深刻である。
例えば、米国では1967年に、年齢差別をなくすために「雇用における年齢差別禁止法」を制定し、40歳以上の労働者に対する差別を禁じた。しかし、全米退職者協会(AARP)が2013年に実施した調査では、45~74歳の労働者の3分の2が、年齢差別を目撃、あるいは経験したことがあると答えた。
無意識バイアスは、本人の行動もコントロールしてしまうので、“高齢者”が会社に利益をもたらすかもしれないという視点を、自ら抑え込んでしまいがちだ。“高齢者”が意見を表明することを恐れたり、逆に「若い人の意見には口出さない方がいい」「自分たちの時代とは違うからね」などの言葉で、自らを「非戦力」視するのを、私自身何度も聞かされてきた。
というわけで、今回はめったに議論されることのない、「年齢バイアス」について、あれこれ考えてみようと思う。
「やる気がある」のは年長者
正社員の意欲・能力・キャリア形成の現状
出所:「人生100年時代のキャリア形成と雇用管理の課題に関する調査」(労働政策研究・研修機構)。(注1)企業に対する調査で、企業からみて「いきいきと意欲をもって仕事に取り組んでいるように見える正社員の割合」「自身の能力を十分に発揮して仕事に取り組んでいる正社員の割合」「自身の能力向上やキャリア形成に積極的に取り組んでいる正社員の割合」をたずねた。数値の試算にあたっては、8割以上の回答を90%、5〜7割を60%、3〜4割を35%、2割以下を10%とみなして計算した。(注2)60歳台の値は65歳以上を除いている
上のグラフは、1月13日に掲載したコラム、「『40以上はやる気なし』会社のホンネと消滅するおじ社員」で取り上げた内容を「見える化」したものだ。詳しくはこちら。
一目瞭然、企業側の社員のパフォーマンス評価が、いかに年齢と関連が深いかが分かるであろう。
一方、社員を対象に、ワーク・エンゲイジメント・スコアを用いた調査「令和元年版 労働経済の分析 ─人手不足の下での『働き方』をめぐる課題について─」(労働経済白書)では
- 正社員では29歳以下の若手ほど働きがいを感じていない。
- 具体的にワーク・エンゲイジメント・スコアで比較すると、60歳以上は3.70だったのに対し、29歳以下は3.29と全体平均を下回った
という正反対の結果が出ている(参考コラム「働きがい問われる年、シニアのリストラが若者にも悪影響」)。
実はこの数字をある番組で取り上げたとき、「え~、意外!」という声が相次いだ。
「若い社員がやる気がないというのは、なんとなく分かるけど、年長者のほうがやる気があるって。なんかイメージと違う」
と、共演したコメンテーターやMCが驚いた。年長者=働かないおじさん、という年齢バイアスが刷り込まれていたのだ。
本来、上記の結果を踏まえれば、会社が「年長者」をターゲットにしたリストラを行うのは、企業の生産性を向上させる戦力を自ら手放す愚かな行為だ。だが、聞こえてくるのは、「早期退職募集すると、やめないでほしい人ほどやめてしまうんだよね~」と嘆く声ばかり。そもそも早期退職を「年長者のリストラ」の手段にしていること自体が問題なのに。いっそのこと希望退職を若い社員にも適用すればいいではないか。
そして、もう一つ年齢にまつわる、興味深いデータを紹介する。
米国の労働者を対象にした調査で、「何歳から高齢者とみなしますか?」という問いには、20代では「60歳以上」とする傾向が高く、年齢が上がるほどその割合が下がった。しかし、「何歳から『働くには年をとりすぎている』と思いますか?」という問いには、すべての世代で「わからない」と答える人が多数を占めたという(18th Annual Transamerica Retirement Survey of Workers)。
バイアスは「言葉」から生まれる
いかなるアンケートも質問次第で答えが変わるものだが、前者の質問は「イメージ」で答え、後者の質問には「思い浮かべる誰か」、あるいは「自分ごと」として答えたのであろう。
いずれにせよ、ここまで紹介したデータから分かるのは「年齢差別」が紛れもなく存在しているという、歴然たる事実だ。
大抵、無意識バイアスは属性、カテゴライズされた「言葉」から生まれるものだ。「女性だから~」「男性だから~」という属性にひも付けられたステレオタイプに自尊心を傷付けられることがあるように、「高齢者だから~」という言葉に嫌悪感を抱く人もいる。
極めて個人的な話で申し訳ないのだが、「絶対に100歳まで長生きしそう!」と本人も家族も決して疑わなかった私の父は、80歳のときに「ちょっと具合が悪い」と病院に行ったところ、すい臓がんが見つかり既に十二指腸と肝臓に転移していることがわかった。その際、医師が「高齢者は体力的に手術が難しい」(手術はできる状況ではなかったため)と伝えたり、看護師の人が「高齢者は動かないと、あっという間に歩けなくなるので、お散歩してくださいね」と、父のことを思って言ってくれたりしたのだが、父は「俺は高齢者と言われることが、一番嫌いなんだ!」と嘆いていた。
入院中に「明日からリハビリの体操をやりましょう!」と医師に言われ、父は張り切って「ジャージーと運動靴」まで準備して出かけたのだが、帰ってきたときはひどく落ち込んでいた。
理由を尋ねると、「簡単なことしかやらないんだよ。あんなの運動でもなんでもない」と答えた。おそらく病院側は「高齢者に適した運動」を指導したのだろうが、父は「バカにされた」ような気がしてしまったのだろう。
とまぁ、これはかなり特殊なケースかもしれないけど(笑)。
いずれにせよ、職場における「高齢者」という言葉が連想させるのは、若者との断絶であり、老害であり、しがみついてる人であり、過去の栄光や昔の武勇伝を自慢げに語り、「最近の若者は~」と若者批判する人たちである。
実際にそういう人もいるけど、そうじゃない人もいる。見かけだって若い人もいれば、老いて見える人もいる。十人十色、人それぞれだ。
次の世代への「技術移転」
そもそも高年齢者雇用安定法が制定された、1971年当時の定年は主に55歳だった。その2年前の69年に、フジテレビで始まった「サザエさん」の波平は54歳、フネは50ン歳(公式設定より)。今の50代前半の人たちのイメージとは、かなりのギャップがある。かくいう私も50代なので、「自分がフネさんと同年代?」と思うと、「あらあら」と笑うしかない。
「高齢者ではなく、年長者と呼び換えるべきだ」という意見もあるが、2017年1月に、日本老年学会と日本老年医学会が合同で高齢者の定義を見直す提言を行った際に区切りとしたのは、「75歳以上」だった。
実際、東京都健康長寿医療センター研究所が約4000人を対象にふだんの歩行スピードを調べ、比較したところ「10年前に比べ11歳若返っている」ことが分かった(「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究ー高齢者は若返っているか?――」)。
「歩行スピード」は年齢と共に低下するため、身体機能のレベルの総合的な測定に多く用いられるのだが、ご覧の通り、1992年から劇的に伸びていることが分かる。92年の64歳の歩行スピードは、2002年の75歳とほぼ同じだ。
若返っているのは身体能力だけではない。日常問題を解決する能力や言語(語彙)能力、学校で学んだことや、日常生活や仕事などを通じて蓄積した知識や経験を生かして応用する能力(結晶性知能)は、60~70歳前後まで緩やかに上昇し、74歳以降は緩やかに低下するものの、80歳ぐらいまでは20歳代と同程度の能力が維持されることが確かめられているのである。
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