いったいどんな形で「終わろう」としているのだろうか。
「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長」という立場を、全く「わきまえ」ない不適切発言を発端とする騒動発覚当初から、メディアは「森喜朗氏の発言が海外でも批判されている」というニュアンスで報じ、森氏の炎上謝罪会見直後も「本人は辞める気だったけど慰留された」だの「余人をもって代えがたい」だのと、まるで「ひとごと」のような報道を繰り返した。おまけに「問題発言で引責辞任する人が、後任を指名する」という明らかにおかしな問題をスルーし、「あたかも決まったように」当人のコメントを流し続けた。
お粗末というよりひとごと。最初から最後まで「森氏だけの問題」のごとく報じている。
森氏という木ばかり見る愚
今回の問題は、森氏だけの問題ではない。「私」たち社会の問題である。なんで、ひとごとなんだ?
念のために断っておくが、森氏を擁護する気持ちはさらさらございません。森氏は、これまでも問題発言を繰り返してきているが、今回もそこいらの飲み屋でお仲間とクダ巻いてるわけじゃあるまいし、懲りないお方だなぁとつくづくあきれた。
だが、「森氏という“木”ばかりを見て、日本という本当の“森”を見ない」ことには、何も変わらないわけで。
今回の森氏の不適切発言は、多様性が全くない、同質性の社会構造を保持している日本社会そのものに根差しているわけだし、森氏の発言により世界から注目を浴びる事態も、ある意味起こるべくして起こったことだ。
会長のクビをすげ替えただけで「このまま終わりにする」、あるいは「ほらね、女性のこと差別なんかしてないでしょ?」とアピールするために女性を「ガラスのショーケースに飾る」なんてことになるならば、今後も、何一つ変わらないであろう。せいぜい「変わったような気がする」だけだ。
多様性のある社会など夢のまた夢。性差別発言で笑いを取ろうとするやからがいたり、無意識の性差別(アンコンシャスバイアス)により涙する人たちが後を絶たなかったりする社会、そんな「男社会の当たり前」がこれからも続いていく。
その当たり前を森氏はくしくも「わきまえる」という言葉で表現した。
わきまえる組織では、上司に「ノー」と首を横に振ることも、「それはおかしい」と反論することも許されない。社内政治に精を出し、「忖度(そんたく)」こそが上司に気に入られる最良の手段となる。
わきまえる組織では、肩書や属性で人を見るのが当たり前。自分より上なのか?下なのか?で判断し、自分より下の人をバカにする。
わきまえる組織のお偉い人は「自分が知っていることがすべて」と信じ込んでいるので、どこの馬の骨か(その人にとって)分からない人には興味すら湧かず、相手への敬意なども持ち合わせていない。世間の非常識をしゃあしゃあとやらかし、謝罪する事態になっても痛くもかゆくもない。
「今どきの社会は、なんだか生きづらくなってしまってね~」くらいにしか思っていない。
世界は、日本の数百倍速で変化
おまけに「わきまえの壁」の向こうには、「俺の右腕だぜ~」などとかわいがられ、おいしい褒美をもらった中森、小森たちが守り神となる。無意識の差別ほどやっかいなものはないのである。
「いやいや、そんなの企業ではずいぶん変わってきたでしょ?
一緒にしないでよ」という意見もあるだろう。
もちろん数年前に比べれば、表面的には変わってきたようにも思う。
女性軽視発言をしようものなら即アウトだし、男女に関係なく評価し、昇進させる企業も増えた。
だが、世界は「日本の数百倍」の速さで変化している。それほどまでに「性差別」への問題意識は高く、多様性のある社会づくりを進めている。
例えば、国際オリンピック委員会(IOC)のメンバーは103人で、女性は38人。全体の約37%を女性が占める(資料)。
一方、日本オリンピック委員会(JOC)の役員28人のうち女性は6人。全体の約21%が女性だ(資料)。また、毎日新聞が五輪で実施される競技(33競技)の国内各中央競技団体35団体における女性理事比率を調べたところ、全理事に占める女性の割合は平均16.6%で、女性理事ゼロの団体もあった。スポーツ庁が示した、競技団体が守るべき指針であるガバナンスコードでは、「女性理事40%以上が目標」だ。
もっとも、女性の役員が21%もいる組織(JOC)は、日本社会ではむしろ珍しい。
2018年6月に日本経済新聞が「経団連、この恐るべき同質集団」というタイトルの記事で、日本経済団体連合会の中西宏明会長以下、正副会長19人について、「全員男性で女性ゼロ、外国人ゼロ」と指摘したが、2020年7月1日時点でも、「全員男性で女性ゼロ、外国人ゼロ」が続いている。
2020年8月付の帝国データバンクの調査結果によれば、企業における管理職(課長相当職以上)に占める女性の割合は平均7.8%で、前年比0.1ポイントの増加。自社の役員(社長を含む)に占める女性の割合は平均10.8%と、同1.0ポイント上昇したが、女性役員が1人もいない企業(女性割合0%=全員男性)は56.6%と半数を超えている。
また、日本の女性議員は衆議院9.9%、参議院22.9%で(衆議院は2020年6月、参議院は同7月時点、資料)、「グローバル」での3~4割に比べると圧倒的に少ない。2013年の国連総会で「Society in Which All Women Shine」という言葉を日本のトップが連発していたけど、「女性活用」について語った言葉、文脈の中に「人権」に直接言及した部分は見られない。
経済成長の問題にすり替え
――「輝く女性応援会議」は、すべての女性が輝く社会を目指す活動です。
女性が輝く社会をつくることは、これからの日本にとって、とても大切なことです。
人口の半分の女性たちの能力が、それぞれが望む形で、社会で発揮されるようになれば。
そうなれば、日本はもっともっと強く豊かになれるはず――。
これは首相官邸のサイトにある「輝く女性応援会議」に書かれている言葉だ。
「日本が豊かになるため」に、女性たちの能力を“望む形”で発揮できる社会になればいいと。
「女性も含めたすべての人の人生が豊かになるようにがんばろうね!」ではなく、「日本が豊かになるために女性たちがんばってね!」と、あくまでも主語は「日本」。女性を輝かせるというすてきな言葉を使って、「日本を強くせよ!」と言っているのだ。
2012年の暮れに実施された衆議院選挙で自民党が掲げた、「社会のあらゆる分野で2020年までに、指導的地位に女性が占める割合を30%以上にする目標の達成に向け努力します」という公約は、当時内閣府が試算した「女性の就業希望者(約342万人)が全員就業できれば報酬総額は約7兆円に上り、それが消費に回れば実質国内総生産(GDP)は1.5%増加する」というデータに基づく、国の成長のためのものだった。
男女共同参画は、「男女の個人としての尊厳を重んじ、男女の差別をなくす」ことを基本に進められているのにもかかわらず、「日本がもっともっと強く豊かになる」ことを狙いとして「女性が輝く社会」政策が進められてきた。
本来は社会の「価値観」を変えるべき問題が、「経済成長」のための問題にすり替えられ、「人」が置き去りにされてしまったのだ。
とにもかくにも日本以外の国や地域ではもはや「女性」という利用価値の高い記号を使うのをやめて、「ジェンダー視点」を主流化させている。なのに、日本はいまだに記号としての「女性」を多用して、紅一点主義を貫いている。
世界が「女性の割合」の数値目標を掲げ、それを実行的なものにするために「クオータ制」などのポジティブアクション(アファーマティブアクション)を進めてきたのは、なぜか?
差別をなくし、今回のような「不愉快な不適切発言がまかり通らない社会」を目指すためだ。
ポジティブアクションは、米国のリンドン・ジョンソン元大統領の演説がきっかけとされ、人種差別を禁じた1964年成立の公民権法の精神を基本とし、これに実効力を持たせるため、主として大統領令に基づき推進されてきたのが「差別を積極的に是正する措置」だ。
どんなに「人種差別はいけません」とか、「肌の色の違いで機会が奪われるようなことがあってはいけません」と啓蒙したところで、差別を根絶することは難しい。そこで差別される人たちが抱える“重し”を強制的に見える化して、それを軽減するための措置や、不利な立場に置かれる人たちの視点がしっかりと生かされるような法令や制度を作った。
ポジティブアクションに3つのレベル
時代の移り変わりとともに、人種などのマイノリティーへの施策からジェンダーの視点が重視されるようになり、女子差別撤廃条約が国連で採択された。ここでは、「男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置」と定義し、これが国際的なジェンダー視点におけるポジティブアクションの定義と理解されている。
「すべての人がより良く生きられるための、すべての人の尊厳を守るための、強制的な動き」がポジティブアクションなのだ。
ポジティブアクションにはいくつかのレベルがあり、次のように分けることができる。
第1レベル:穏健な取り組み
一定の地位に対する応募の奨励、そのために必要な研修の実施、家庭と仕事の両立の支援やそれに向けた環境整備など。例えば、多くの女性が目にする雑誌やWebサイトなどに求人情報を出すことや女性向けのキャリアアップセミナーなどが該当する。
第2レベル:中庸な取り組み
ある時期までの一定の目標達成を示したゴール・アンド・タイムテーブル方式など。「○年までに待機児童ゼロ」とか、「2020年に女性管理職30%」などの数値目標は、ゴール・アンド・タイムテーブル方式になる。
第3レベル:厳格な取り組み
性別などを基準に一定の枠を法律で決める施策など。性別や人種を基準に一定領域に対する人数や比率を割り当てたクオータ制などが代表例。ちなみにクオータ制はもともと、政治の舞台から始まっている。政治家が国民の代表であるとするなら、国民と同じように政治領域でも男性と女性が同じような割合でいるべきだという発想に基づき、女性一般の利益が害されないためという理由で取り入れられた。
世界の先進国は、「第3レベル」をきちんと進めている。ところが、日本は?
第2レベルだった「女性管理職30%目標」は曖昧になり、いまだに第1レベルでの問題に右往左往している。
いや、違う。第2レベルの数値目標のゴール自体が「人の尊厳と生活を守る」ものではなかった。「すべての人がより良く生きられるため」の真のポジティブアクションを、日本は「人」ではなく「カネ」にすり替えてしまったのだ。
開いてしまった「パンドラの箱」
だいたい世界ではとっくの昔に、「性差別問題」は多様性という言葉に置き換わっている。性差別は多様性の重要課題であるとともに、多様性の一部でしかない。
多様性が叫ばれるようになったのは、さまざまな属性、マイノリティーもマジョリティーも互いを受け入れ、価値観の違いを受け入れ、あらゆる個性と個性が混ざりあい、融合させることが、社会や組織に大きな変化をもたらし、未知の発想にたどり着き、すべての人が豊かさを享受できる社会につながるからに他ならない。
私たちの心は長年慣れ親しんだ制度やモラル、思考に適応し、常に「習慣」で動かされている。習慣には怠惰、愚考、堕落などのマイナス面も内在する。「女性の多い会議は長い」という森氏の発言は、まさに悪しき習慣が生んだ言葉だ。
その悪しき習慣を打ち破るには、「鳥の視座」を持つ存在が必要不可欠。それは若者であり、バカ者であり、よそ者である。
鳥の視座を持つ女性は、ときにそのおかしな当たり前を「おかしい」と指摘し、男性たちがいまさら聞けない質問をし、納得するまで何度でも繰り返す。男性たちが「あうんの呼吸」で収束させようとした議論を蒸し返し、ときに変えようと試みたりもする。
この「わきまえない言動」が、男社会の習慣に慣れ親しんだ人には我慢できない。「前例がない」「組織の論理が分かっていない」を合言葉に、「パンドラの箱」を開けるのを阻止しようとする。
一方、すべての人が「わきまえる必要のない組織」とは、変化を恐れない組織だ。方針の違う人を排除しない組織、過去の規律より重要なものを見逃さない組織、意見や意思や、精神や文化の在り方をきちんと理解しようと努力する組織だ。
つまるところ、日本は「変わる」勇気を持てなかった。その顛末(てんまつ)が“いち権力者”により、世界中に発信されたのだ。
4年前に、拙著『他人をバカにしたがる男たち』を書いたのは、まさにそういう多様性のある組織になってほしいからであり、「大森、中森、小森」にならずに、自らも生き生きしている豊かな人生を手に入れるための指南書になればいいという思いがあった。
が、社会の根っこは変わらなかった。
「なぜ、タイトルは人じゃなく男なんだ? これこそ性差別だ!」と憤る人、帯の「ジジイの壁」という言葉を批判する人、そういう方たちはきちんと本文を読んでから批判してほしい。
私は女だが私の中にも「ジジイの壁」の内側に入りそうな弱い部分が存在する。だからこそ、文章をつづった。そして、今もそっちの側の人間になりたくないから、こうやって文章をつづっている。
「私」たちはどういう社会を望んでいるのか?
少なくとも今回の不適切発言に、「声」を上げた人たちがたくさんいた。
価値観は変わりつつあるのだと思う。
しかし、「わきまえる必要のない社会」にするには、構造を変えるしかない。「差別発言をしない人=差別しない人」とは限らない。大切なのは「差別が生まれない環境=構造」をつくることだ。
森氏の発言をきっかけに起こった世界的バッシングで開いた「パンドラの箱」をどうするのか? それを決めるのは「私」たちの選択である。
『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)
本コラムに大幅加筆のうえ新書化した河合薫氏の著書は、おかげさまで発売から半年以上たっても読まれ続けています。新型コロナ禍で噴出した問題の根っこにある、「昭和おじさん型社会」とは?
・「働かないおじさん」問題、大手“下層”社員が生んだ悲劇、
・「自己責任」論の広がりと置き去りにされる社会的弱者……
・この10年間の社会の矛盾は、どこから生まれているのか?
そしてコロナ後に起こるであろう大きな社会変化とは?
未読のかたは、ぜひ、お手に取ってみてください。
この記事はシリーズ「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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