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(写真:Shutterstock)

 「リモートワークって、どうなんですかね?」――。
 この数週間、こんな至極曖昧、でも、言いたいことは分かる!といった質問を、何人もの人たちからされている。

 聞いてくるのは大抵、部下を持つマネジャー層だ。
 彼らは、リモート会議やリモート勤務の利点を認めつつも、「リモートだとやっぱりコミュニケーションがね」だの、「リモートだとチームの生産性がどうなるのか」だの、「リモートだと部下のモチベーションが維持できないのではないか」だのと、他の会社の“動向”を知りたがる。

 で、私があれやこれやと知っている情報を言うと、「それすごい分かります!」と、自分のモヤモヤと同じモヤモヤをほかの人も感じていることにちょっとだけ安堵し、他社の具体的な取組みに興味を示す。その一方で、今後さらに露呈してくるであろう問題に、自分がどう対処すればいいのか?を、悩んでいるようだった。

リアルとリモートのコミュニケーションは別物

 私自身、コロナ感染拡大が深刻化した2月下旬以降、リアル講演会や対談がキャンセルされ、その後も延期やキャンセルが繰り返されつつ、リモートでの新たな講演会や対談が増え、その難しさを痛感した。

 移動の必要がなく、“自分のテリトリー”で仕事ができてしまうのは実に便利だ。

 だが、リアルとリモートのコミュニケーションは全くの別物である。
 2次元と3次元では圧倒的にインプットされる情報量が違うので、何かと不安になってしまうのだ。

 例えば、今までは講演会の壇上に立ち、会場を見渡したときに五感に刺さる“空気感”を頼りに、話す内容や話し方を変えていたのに、リモートだとそれができない。聞いている人が100人以上いても、リアルだと一人一人が見えるが、リモートだと見えない。
みんながグイグイと話に引き込まれているのが見えれば、「よし!この調子で最後まで飛ばそう!」と勢いづき、逆に、一人でも退屈そうな人が見えると、「やばい!あの人も引き込まなきゃ!」と、その人に語りかける口調にしたりと、臨機応変に対応していた。
 だが、リモートだとすべてを「自分の想像力」に委ねるしかない。

 要するに、フェイスtoフェイスだと“共有する空気”があるので、「感情」が分かち合えるけど、リモートだとそれができないので不安になる。人が「つながっている」という安心を得るには“共に過ごすこと”が必要不可欠で、共感は「場」があって初めて湧く感情なのだなぁと、つくづく感じるのだ。