「リモートワークって、どうなんですかね?」――。
この数週間、こんな至極曖昧、でも、言いたいことは分かる!といった質問を、何人もの人たちからされている。
聞いてくるのは大抵、部下を持つマネジャー層だ。
彼らは、リモート会議やリモート勤務の利点を認めつつも、「リモートだとやっぱりコミュニケーションがね」だの、「リモートだとチームの生産性がどうなるのか」だの、「リモートだと部下のモチベーションが維持できないのではないか」だのと、他の会社の“動向”を知りたがる。
で、私があれやこれやと知っている情報を言うと、「それすごい分かります!」と、自分のモヤモヤと同じモヤモヤをほかの人も感じていることにちょっとだけ安堵し、他社の具体的な取組みに興味を示す。その一方で、今後さらに露呈してくるであろう問題に、自分がどう対処すればいいのか?を、悩んでいるようだった。
リアルとリモートのコミュニケーションは別物
私自身、コロナ感染拡大が深刻化した2月下旬以降、リアル講演会や対談がキャンセルされ、その後も延期やキャンセルが繰り返されつつ、リモートでの新たな講演会や対談が増え、その難しさを痛感した。
移動の必要がなく、“自分のテリトリー”で仕事ができてしまうのは実に便利だ。
だが、リアルとリモートのコミュニケーションは全くの別物である。
2次元と3次元では圧倒的にインプットされる情報量が違うので、何かと不安になってしまうのだ。
例えば、今までは講演会の壇上に立ち、会場を見渡したときに五感に刺さる“空気感”を頼りに、話す内容や話し方を変えていたのに、リモートだとそれができない。聞いている人が100人以上いても、リアルだと一人一人が見えるが、リモートだと見えない。
みんながグイグイと話に引き込まれているのが見えれば、「よし!この調子で最後まで飛ばそう!」と勢いづき、逆に、一人でも退屈そうな人が見えると、「やばい!あの人も引き込まなきゃ!」と、その人に語りかける口調にしたりと、臨機応変に対応していた。
だが、リモートだとすべてを「自分の想像力」に委ねるしかない。
要するに、フェイスtoフェイスだと“共有する空気”があるので、「感情」が分かち合えるけど、リモートだとそれができないので不安になる。人が「つながっている」という安心を得るには“共に過ごすこと”が必要不可欠で、共感は「場」があって初めて湧く感情なのだなぁと、つくづく感じるのだ。
おそらく上司たちも、これまで「なんとなく」やっていたことが2次元の世界だとできなくなり、マネジャーとしての役割に自信を持てないでいるのだろう。
先日も、そんな上司たちの“不安”を垣間見ることができる調査結果がSNSで話題になった。
テレワークと“サボり”の関係性
20代の約2人に1人、30代以上の約3人に1人が「テレワーク時、サボっていると思われるストレス」を実感。また、「テレワーク時、チームメンバーや上司・部下などに対してサボっているのでは、と思ってしまう」と回答する傾向は年代が高いほど高く、20代では27%だったのに対し、50代以上になると54.5%とほぼ倍だった(ヌーラボ「テレワークと“サボり”の関係性に関するアンケート調査」)。
同様の傾向は、その他のインターネット調査でも認められている。
「リモートワークをしていて不安があるか?」という問いに、77.3%が「不安がある」と回答。不安の内容のトップは「自分の仕事の質や生産性」で、2位は「部署、チーム、組織として、提供価値の質が落ちているのではないか」、3位は「自分がサボっていると周りに思われている」「重要な情報を知ることができていない」と続いていた(カオナビHRテクノロジー総研「リモートワーク実態フォロー調査」)
この調査では「上司と部下のギャップの大きい項目」も公表していて、差が最も大きかった3項目が、「周りがサボっているのではないか」(上司21%、部下5.1%)、「他の社員の業務で問題が起きたときに自分が気づけないのではないか」(上司25.2%、部下11.5%)、「中長期的に自組織の業績が下がるのではないか」(上司21.7%、部下10.8%)で、マネジメントとしての責任ある立場の上司側の不安が浮き彫りになった格好である。
こういった結果を見ると、「日本は会社にくることが仕事になってるから、管理職の仕事が管理するだけになってるからダメなんだよ!」と、日本特有の問題と受け止めがちだが、2次元世界におけるマネジメント側の不安は、世界共通である。
さまざまな研究から、リモートでは「部下が本当に仕事をしている」という確信が持てずに、部下への信頼が低下することが分かっている。また、その傾向は女性より男性の方が高いという結果もある(Harvard Business Review「Remote Managers Are Having Trust Issues」)。
この論文では性差が生じる原因には言及していないが、一般的に男性は女性より非公式のネットワークが多いことや、ハイパフォーマーの男性マネジャーほど、日常の中で周囲とたわいもない会話をする時間を積極的につくっていることが分かっているので、そういった「人たち」と接する時間も機会も消滅するリモートでは、自分のスキルへの確信が揺らいでしまうのだろう。
人のつながりは「感情」から
いずれにせよ、オフィスで共に仕事をしている場合、「おい、ちょっとあれってどうなってる?」と聞けば、「はい!○○がまだできてないので、今確認中です!」とすぐに“ツーカートーク”ができるが、リモートだと、この「ちょっと!」ができない。
一見、ささいなことに思われるかもしれないけど、フェイスtoフェイスの世界では、想像以上にこの「ちょっと、ちょっと」の声がけをやっているし、たとえ「ちょっと、ちょっと」と声がけしなくても、部下の様子、顔の表情、周りとの接触の仕方などを、無意識に確認する作業がなされている。
さらに、「お!これすごいな!」とか「あ~、もう死にそう~!」なんて具合に、誰かが喜怒哀楽をあらわにすると、「うわ!本当だ!」だの「俺も死にそうで~す」などと感情が伝播(でんぱ)し、相手との距離感がグッと縮まったりもする。
「共に居る」ことで、私たちは何百、何千という情報交換をしていて、特に感情の共有は人がつながるうえで極めて大切な“交換”なのだ。
ところが、リモートだと「ちょっとちょっと」も「感情の共有」もリアルほどできないため、相手への不信感は募る一方だ。メールの返信がちょっとでも遅れようものなら「サボって、ワイドショーでも見てるんじゃないか?」などと疑うようになる。
部下は部下で「サボってる」と思われたくないので、いつも以上にメールの返信などのレスポンスを早くしなきゃなとプレッシャーを感じ、「監視するってどうよ~?」と上司に不満を持つ。そんなリモートならではのストレスが、件の調査結果につながったのだろう。
おまけに、会社ではトップ以外のメンバーにはすべて「上司」がいるので、「上司に信頼されていない」と感じている人(=部下にとっての上司)ほど、「部下を信頼できない」傾向が強まり、信頼されていない部下は「私は上司を信頼できない」とモチベーションが下がり、ネガティブスパイラルに入り込む。
結局のところ、「快適、便利、効率的」なコミュニケーションの良さを生かすには、めんどくささと非効率が必要不可欠。矛盾しているように思われるかもしれないけど、「だって人間だもの」。効率性の追求に先にあるのは「崩壊」なのだ。
信頼は信頼の上に生まれるもの。
崩壊を防ぐにはどんなにリモートワークに慣れている人の集団であれ、「人と人とのつながり」への投資が必要になる。
つながりへの投資なきリモートワークは、ほぼ確実にチームとしての機能を低下させる。「1+1=3、4、5……」ではなく、「1+1=1」はおろかマイナスになり、やがてチームは崩壊してしまうだろう。
リモートワーク=「成果がすべて」ではない
つながりへの投資は確実に信頼を生む。ここでの「信頼」とは、「相手(部下)に課せられた責任を果たすことへの期待」だ。人は信頼されるから「よし!やるぞ!」と思うわけで。信頼の上に信頼は生まれ、不信が信頼につながることはないのだ。
そもそも上司の役割とは、「上から降りてきた数字の達成」=マネジメントではない。チームメンバーのやる気を上げ、彼らのパフォーマンスを最大限高めることだ。たとえ目標とした「数字」が達成できなくても、定性と定量による分析を使い分けて、メンバーが「よし!もっとできる。自分ならできるはずだ」と、彼らの自己効力感を高められるように仕向けるスキルが必要である。
定量とは数値目標、定性とは目に見えない、あるいは数値化できない業務上の貢献であり、協調性や積極性などがその代表例になる。
リモートワークでは、「成果がすべて」とばかりに「数字で評価する」ことにプライオリティーを置きがちだが、実際には逆。定性的な評価をより細やかにして、部下の精神面への目配りもより大切になる。
「ちょっとちょっと」も「感情の共有」もできないのは、部下たちだって同じだ。あくまでも私の感覚だが、若い世代ほどリモートワークになり「上司からちゃんと評価してもらえるのか?」という不安が高いように思う。
リモートでは「社員の自立が大事」と誰もが言う。
だが、必要なのは「自立」じゃなく、「自律性」だ。
自律性とは「自分の行動や考え方を自己決定できる」感覚である。この自律性を高めるには、上司は、今まで以上に部下たちの状況を確認し、仕事を進めるために有効な情報の提供やアドバイスをしなくてはならない。そういった上司のサポートにより、部下の自律性は高まっていく。
自律を「自立」と勘違いすると、上司は部下に自立を求めるあまり、部下を突き放してしまいがち。
また、会社側も「ひとつよろしく!」と、現場任せにするのではなく、上司の支援をきちんとしてほしい。
上司たちの多くは役職に就き、大きな決断をしなければならないときに、「若い頃、世話になった〇〇さんならどうするかな」と、思い浮かべて参考にしていた。いわゆる「心の上司」だ。
だが、リモートではそれが通じないのだ。リモートで生産性を上げたいなら、リモート仕様のマネジメント教育に投資し、育てなくては無理だ。
「自分は大丈夫」と再確認する瞬間
と同時に、おそらく多くの人がリモートワークを経験したことで、フェイスtoフェイスの価値を体感したであろう。
少なくとも私はその価値をしみじみ感じている。
人と会えてうれしい、というのとはちょっと違う。どちらかと言えば、「自分は大丈夫だ!」というような内面の感覚に近い。フェイスtoフェイスの価値をどういかすか? これも会社に課せられた課題であろう。
詰まるところ、人は「自分の存在」を他者を通じてしか知ることができない。「人」とつながるにはその場の空気、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を共有できる“場”が必要不可欠。2次元世界の「見る(視覚)、聞く(聴覚)」だけでなく、「触れる(触覚)、匂う(嗅覚)、味わう(味覚)」が満たされて初めて、心と心の距離感は縮まり、その温度が「よし!がんばろう!」という気持ちに火をともすのだ。
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この記事はシリーズ「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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