「今度生まれてくるとしたら、女と男どっちがいいですか?」
こんな愚問、いや、子供じみた質問に、あなたならどう答えるだろうか?
「今の日本で、もう一度男に生まれたいなんて言えるのは、勝ち組だけですよ。僕は、男に生まれてよかったと思ったことは一度もありません。ありとあらゆる場面で、差別され、苦しんできました。でも、(男性こそ差別されているとは)絶対に言えない。言っちゃいけないんです」
実はこれ、先日行われた菅義偉首相の所信表明演説について、私がメルマガで書いた意見に対して寄せられたメールである。
メルマガでは所信表明で語られた「安心の社会保障」の内容のうち、「わが国の未来を担うのは子供たちであります。長年の課題である少子化対策に真正面から取り組み、大きく前に進めてまいります」という菅首相の言葉に触れつつ、男性の生涯未婚率が1990年代以降急激に増加していることを書いた。
つまり、不妊治療への保険適用などで「産みたくても産めない人」をサポートするのは大賛成だが、「長年の課題である少子化対策に真正面から取り組む」というなら、「結婚したいのにできない理由」を明らかにして、その対策を講じる必要があるのではないか、と。男性が指摘するとおり、菅首相の所信表明の内容は、「『全ての世代の方々』の全てって誰?」と突っ込みたくなるものだったのである(全文はこちら)。
男性の生涯未婚率は1990年以降急増し、直近の2015年国勢調査では、男性の生涯未婚率は24.2%で、女性の14.9%を大きく上回る。
昭和40年の生涯未婚率は、女性2.5%、男性1.5%。昭和60年でも女性4.3%、男性3.9%で、男性の生涯未婚率が女性を上回るようになったのは、平成以降だ。
非正規の適齢期男性、8割が非婚
なぜ、平成以降か?
その解の一つになりそうなのが、「低賃金と不安定」=非正規雇用の増加だ。
男性就業者の未婚率を年齢別に見ると、30~34歳40.6%、35~39歳29.1%、40~44歳23.1%となっているのだが、これを非正規社員に限って見ると、ものすごい数字になる。なんと30~34歳が84.5%と8割を超え、35~39歳70.5%、40~44歳では57.6%と圧倒的に結婚していない男性が多いのだ(「男女共同参画白書 平成26年版」)。
非正規というだけで、結婚適齢期の30代の約8割が結婚していない、あるいはできない、という現実を鑑みれば、少子化問題は雇用政策や最低賃金問題、さらには婚外子問題まで踏み込んで議論しなければならない課題であり、聞こえのいい対策だけではなく、根っこの根っこまで掘り下げることでしか本当の意味での「安心の社会保障」の道筋は見えない。というか、見えるはずがない。
……といった私の意見に、冒頭の男性が寄せたのが“男性問題”だったのである。
そこで今回は件の男性の独白から、「男性の生きづらさ」についてあれこれ考えてみようと思う(メール内容を掲載することは本人承諾済み)。
「菅首相の所信表明の中の、『安心の社会保障』の全文、読みました。この国は、女性にどんどんやさしくなっていくけれど、僕のような男は視界に入っていないようです。全ての世代の方々が安心できる社会保障制度を構築するそうですが、大学を出ていない、低賃金で働いている、そんな負け組人間への支援は何かあるのでしょうか。
新型コロナウイルスの感染拡大で、たくさんの女性の非正規が仕事を失ったことは分かります。でも、男性の非正規も雇い止めにあったり、住む家をなくしているのに、そのことには触れられていません。
(就職)氷河期世代には触れていましたが(この世代って40代ですよね?)、30代の非正規問題には触れられていません。
男性の育児休暇(取得)促進と書いてありましたが、僕のような非正規で働く人間が取れるわけがありません。ちなみに僕は大企業の子会社で働いています。僕と同じように非正規で働く同僚は、大抵奥さんも非正規です。
夫婦とも非正規の場合、子供をつくることはどちらかが仕事を辞めることを意味します。世帯収入が減るんです、そんな状況で、無給の育休は無理です。正社員でも取れていないのに、無理です。
「稼げない男は、モテないんです」
だいたい僕は結婚していないので、そもそもその権利すらありませんが。
河合さんが指摘していたとおり、結婚したくてもできない理由の一つに低収入があると思います。でも、それ以前に、男は稼いでいないとモテないんです。
女性が求める男性像はエリートの人たちです。高卒で非正規という負け組の男と結婚したい女性は少ないです。
僕は若いときに女性とデートして、男性が多くお金を出さないといけないと感じてから、女性と付き合う気がなくなりました。きっとこのまま一生家族をつくる機会もないと思います。死ぬまで一人で食うために働いて、死んでいくんです。人生に希望なんてないです。
今の日本で、もう一度男に生まれたいなんて言えるのは、勝ち組だけですよ。僕は、男に生まれてよかったと思ったことは一度もありません。ありとあらゆる場面で、差別され、苦しんできました。でも、絶対に言えない。言っちゃいけないんです」
男性の属性はメールの内容からも分かるとおり、30代の会社員で、雇用形態は非正規、非大卒、未婚。つまり、彼は「30代男性の未婚率8割」という男性問題のリアルを語ってくれたのである。
これまでも「男性問題」は何度か取り上げてきたので繰り返し説明しているけど、男性問題とは、女性たちの陰で涙する男性たちに代表される「男性への“イメージ”から生じる問題」で、「男性差別」と呼ばれることもある。
2つある「男性問題」
男性学のパイオニアとして知られる社会学者で京都大学名誉教授の伊藤公雄氏によれば、「男性問題」は次の2つに分けることができるとされてきた。
1つ目は、従来の「男らしさ」の鎧(よろい)を積極的に脱ぎ、「自分らしさ」を追求する男性たちの問題としての男性問題。例えば、イクメン、主夫、カジメンといった、かつてタブーとされていた役割を、自ら選択した男性たちの生きづらさなどで、これまで私がコラムで取り上げてきた「男性問題」の多くは、このケースがほとんどである。
一方、2つ目の男性問題は、「男性受難時代」という言葉が意味するモノで、「男らしさ」のイデオロギーが揺らぎ始めたことに気づきながらも、男性優位の意識から脱出することができない不安を抱えた男性たちのことをいう。
が、件の男性の話からも分かるとおり、男性問題はさまざまな要因が複雑に絡み合っている。特に、学歴がもたらす影響は極めて大きい。
子供の学業の成績や進学率は親の収入と深く関係しているため、学歴は格差の象徴であり、学歴がさらに格差を生む装置と化している現実がある。
ところが「大学全入時代」という言葉が間違った解釈を生み出している。あたかもほとんどの人が「大卒」であるかのようなイメージが社会にできあがってしまったのだ。
実際には、大学などへの進学率は、女性48.2%(短大も加えると57.1%)、男性55.6%で、2人に1人は非大卒である(資料)。
さらに、若者における最終学歴別就業人口は、高校卒が25%、専門学校卒が16%、短大卒が5%、中学卒が4%、高専卒が1%で、非大卒が占める割合は51%と半分を超える(厚生労働省「就業構造基本調査」2017年)。また、非大卒の場合、製造業に占める割合が40%と圧倒的に高く(大卒11.9%)、建設業は大卒4.7%の倍近い8.3%。一方、デジタル化などで将来有望な情報通信業ではわずか1%(大卒9.6%)しかない(文部科学省「学校基本調査」2018年)。
それだけではない。大卒か非大卒かは雇用形態にも影響する。
非正規雇用比率を学歴別に見ると、一貫して低学歴ほど高く、特に25~34歳層で大卒と非大卒の差が広がっている。大卒では2000年以降非正規雇用率が10%程度で推移しているのに対し、非大卒では10%から20%と倍近く増えているのだ(資料)
「この国は、女性にどんどんやさしくなっていくけど、僕のような男は視界に入ってないようです」(by メールをくれた男性)
今も残る「昭和」の意識
「30代・非正規・非大卒・未婚」の男性がこう感じるのも無理もないほど、格差が広がっている。なのに日本社会は「昭和のイメージ」のまま動いている。
今の日本社会のしくみの土台は高度成長期の「カタチ」を前提につくられ、その1960年代以降の「一億総中流」と呼ばれた時代の社会のしくみが、これだけ格差が広がってもなお維持されているのだ。
もちろん「一億総中流」の時代にも経済格差はあった。戦後の貧しい生活から抜け出せない人たちもたくさんいた。そんな状況でも、実に9割の人が「自分は中流である」と認識できたのは、「がんばればエリートになれる!」という希望が社会にあったからだ。
そもそも「一億総中流社会」と呼ばれたのは、「国民生活に関する世論調査」における生活程度に関する問いの答えに起因している。
お宅の生活程度は、世間一般からみて、この中のどれに入ると思いますか?(選択肢:上、中の上、中の中、中の下、中の下)
出所:表に記載した各年の内閣府「国民生活に関する世論調査」より筆者作成(数値は%)
1958年には「中(中の上、中の中、中の下)」の割合は7割程度だったが、1973年には9割を超え、「中の中」に限ると倍近く増えた。1960年に池田内閣が策定した「所得倍増計画」により年々給料が増え、家にはテレビ、洗濯機、冷蔵庫、クーラーなど新しい家電製品が並び、「過去の自分より今の自分の方がいい生活をしている。もっともっといい生活ができる」という実感と、将来への希望が中流意識を拡大させた。
その背景にあるのが、男性のライフコースの柔軟性である。
当時の男性のライフコースは、「大学を出て大企業に就職し定年まで勤め上げる」タイプと「高校を卒業し中小企業に就職する」タイプに大きく分かれていたが、中小企業から大企業への転職が比較的容易に行われていたのだ。
また、中小企業にとどまるブルーカラーのうち、約半分がホワイトカラーに移行していたことも分かっている。
当時の男性の四年制大学への進学率は27.3%(72年)。つまり、「高卒でも3割の〝エリート”の仲間に入れるぞ!」と希望を持てる時代だった。
しかしながら、1970年代後半のオイルショック以降、中小企業から大企業に転職する道は閉ざされ、それまで縮小傾向にあったホワイトカラーとブルーカラーの所得格差も拡大に転じ、派遣や嘱託の非正規が増えた。
1980年代のバブル期に、非大卒と大卒のライフコースが分断されたのだ。大卒と非大卒、大企業と中小企業、ブルーカラーとホワイトカラーの間に開かれていた門は閉ざされ、決して交わることのないレールが出来上がっていったのである。
実際、私がインタビューしてきた700人超の中にも、非大卒で正社員として大企業に勤め、海外に駐在したり、大きなプロジェクトを成功させたりしていた人は、みな50代後半以上の人たちだった。もちろん「高卒だと管理職にはなれない」「高卒は賃金が低い」といった学歴格差もあったが、今ほど分断されていなかった。非大卒でも頑張れば大卒並みに評価されるしくみが、存在したのだ。
幸福度が高いのは若い大卒女性
研究者の間では、こういった学歴にまつわる男性問題は「若者問題」として捉えるべきだという意見もある。こういった主張は非正規雇用が急増した2000年代以降聞かれるようになり、この頃の研究のトレンドは「主観的幸福度」。希望や幸福を捉える指標が増え、学歴、性別、所得などの社会経済的要因との関連を分析する研究が爆発的に増えた。
その中で一貫して報告されたのが、幸福感の性差だった。国内外で男性の幸福度は女性より低いことが確かめられた。また、世帯収入、婚姻状態、就業状況が幸福度に大きな影響を及ぼすこともわかってきた。やがて若者の貧困や非正規雇用の増加が社会問題となり、年齢別の分析が進むようになり、「若者の幸福度の低さ」が問題視されるようになったのである。
2013年には16~31歳の就学中ではない男女約3000人を対象にした調査で、大卒であること、正社員であること、結婚していること、世帯年収が400万円以上であること、に当てはまる人の幸福度が高いことが報告されている(論文「若年労働力層と幸福度と希望」)。
また、2015年に実施された大規模な社会調査SSP(階層と社会意識全国調査)では、最も幸福度(ポジティブ感情)が高いのは大卒の若い女性で、同じ大卒でも若い男性はあまり高くなく、もっとも幸福度が低いのは非大卒の中高年男性だったことが分かった(吉川徹著『日本の分断』より)。
この調査では、男女、年齢、学歴で8つのカテゴリーに分け、幸福感を 階層帰属意識、生活満足度、幸福感、 主観的自由の4つの指標で構成し、得点化している。
その結果、
1. 若年大卒女性 52.07
2. 壮年大卒男性 51.81
3. 壮年大卒女性 51.72
4. 若年大卒男性 50.75
5. 若年非大卒女性 49.85
6. 若年非大卒男性 48.81
7. 壮年非大卒女性 48.69
8. 壮年非大卒男性 47.94
という、「なんか……わかる」という肌感覚に近い結果が得られているのだ。
ご覧のとおり、大卒と非大卒で分断されていて、若年大卒女性の幸福度が最も高い。一方、若年の非大卒男性は、壮年期の非大卒と同程度に幸福度が低かった。
この結果をどう読み解くか。冒頭の男性のメールが大きな手がかりになるであろう。
菅首相はご自身が高卒で、アルバイトで生計を立てながら、後に大学へ進学したのだという。ものすごい努力をされたのだと思う。でも、努力しても決して越えられない「壁」が、今はある。そう、絶対的に「ある」。
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