昭和おじさん社会は「性差別社会」と言った方がいいね!
河合薫氏・出口治明氏対談「昭和おじさん社会は変わったのか」(1)
健康社会学者の河合薫氏(左)と立命館アジア太平洋大学(APU)学長である出口治明氏(出口氏写真=山本 厳)
健康社会学者の河合薫氏と立命館アジア太平洋大学(APU)学長である出口治明氏。意外にも初対面だという2人が「昭和おじさん社会は変わったのか」というテーマでオンライン対談をした。非正規雇用が拡大しても正社員中心の時代の制度を引きずる日本の企業、男性優位の意識が残る日本の社会など、時代が令和に移ってもなお昭和の残滓(ざんし)を引きずる日本を指して、河合氏は「昭和おじさん社会」と呼ぶ。そんな河合氏が発するニッポンの今に対する様々な疑問に、昭和23年生まれの碩学(せきがく)は何と答えるのか。3回に分けてお届けする(編集部)。
「昭和おじさん社会」、なぜ変わらない?
河合薫氏:本日のテーマの「昭和おじさん社会」というのは、一言でいえば「昭和のモデルに基づいた社会のしくみ」を意味しています。具体的には、長期雇用の正社員、夫婦と子供2人の家族、ピラミッド型の人口構成を基本にした社会です。平成の30年間で、雇用の形も家族の形も、人口構成の形も大きく変わったのに、昭和時代のモデルをベースに日本は動き続けています。その結果、様々な不平等が生まれています。今回のコロナ禍で生じている問題も、これまで社会の様々な秩序の中でたまっていたひずみが顕在化したにすぎません。
そこで昭和のど真ん中を生き抜いてこられて、平成の時代には企業の経営者としてご活躍し、今は大学の学長と、常に新しい時代を引っ張るリーダーである出口さんに、「昭和おじさん社会」に対するご意見をいただきたいなと思って、対談をリクエストさせていただきました。
出口治明氏:光栄です。「昭和おじさん」というのは別に、高齢の日本人の男性を意味しているわけではないんでしょう。
河合:その通りです。昭和で当たり前とされた男社会を象徴するものとして使っています。でも、私が「昭和おじさん」と呼ぶと、「おばさんもいるじゃないか!」とか「わざわざおじさんと呼ぶことはない!」と、怒る方もいらっしゃいます。
出口:なるほど。昭和おじさんでもいいと思いますが、男社会というよりは、性差別とはっきり述べたほうがいいと思いますよ。
河合:女性差別ですか。
出口:はい、性差別。昭和の社会は、製造業の工場モデルをベースにしているのです。製造業の工場というのは長時間労働が向いているのです。機械は疲れないので、24時間操業が一番効率がいい。加えて製造業の工場は重いものも運ぶので、男性のほうが向いているのです。男性と女性の差は筋力だけですから。
河合:最近は、私のような力持ちの女性もいるかもしれませんが(笑)。
出口:製造業の工場モデルは必然的に男性の長時間労働を理想とするので、戦後の日本社会は配偶者控除や3号被保険者というゆがんだ制度をつくり、男は仕事、女は家庭という性差別を推進してきました。これを納得させるために、(子供が3歳になるまでは母親は子育てに専念したほうがよいなどとする)3歳児神話などのでたらめをでっち上げて、この性分業を推進してきたことが、戦後の高度成長がうまくいった原因でもあり、高度成長が終わった後、社会が低迷している原因でもあるわけですよね。その象徴が121位ショックです。
河合:各国の男女平等の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」ですね。2016年に111位、2017年に114位で、2019年は121位にまで転落して、中国や韓国などのアジア主要国と比べても低くなりました。それ以上に問題なのは、最近は話題にもならなくなってしまったことです。世界と比べてなんの意味があるのか?と、順位付けすることに嫌悪感を示す人も少なくありません。
出口:だから男社会というよりは、もっとはっきりとこの性差別が問題の根源だと言ったほうが分かりやすい気がしますよね。
河合:確かにそうかもしれません。私、実は今回のコロナで、在宅勤務やリモートワークが当たり前になり、女性活躍が一気に進むんじゃないかと期待していたんです。ところが、残念なことに、実際にはそうはならなかった。むしろ女性たちの多くが、今まで以上に厳しい状況に追い込まれてしまったように感じています。
出口:両面あるんじゃないですか。今、コロナを巡って行われている議論が錯綜(さくそう)しているのは、「ウィズコロナ」と「アフターコロナ」を分けていないからです。きちんと時間軸を分けたほうがいい。例えば、短期的には労働力が余ってしまったので、普通に考えたら非正規(労働者)から切っていきますよね。
河合:非正規には、やはり女性が多いですよね。
ウィズコロナで割を食うのは女性
出口:非正規の大半は女性ですから、ウィズコロナでは女性が割を食うという一面は確かにあります。でも、ポストコロナでは事情は変わります。テレワークというのは何かといえば、紙と通勤時間と、そして通勤場所の制約から、働く人たちを自由にするわけですね。オンサイトとテレワークとの一番の違いは、忖度(そんたく)によるだらだら残業や、付き合い残業がなくなることです。
日本の戦後社会では長時間労働が善とされてきました。その延長線上で、長時間会社にいる人間はロイヤルティーが高いだの、立派だのという偏見が助長されてきたわけです。何で女性の地位が低かったかといえば、性分業によって家事、育児、介護は女性の仕事という偏見が行き渡ったことにあります。女性は家事、育児、介護のことが頭にあるから、長時間労働ができなかったのです。
河合薫(かわい・かおる)氏
1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は700人を超える。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学講師、早稲田大学非常勤講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。(写真:稲垣純也)
出口:さらに日本では夜の8時、9時まで残業した後、飲みニケーションという悪習がある。上司と飲みに行く中で評価されることもある。女性は飲みニケーションに入れませんから、女性の社会的地位が低かったのは、家事、育児、介護が女性の仕事だという偏見の上に、長時間労働や飲みニケーションに参加できなかったことが、要因になっているのですね。
河合:会社は上司・部下、先輩・後輩といったタテの序列でつながっているので、どうしたって接する時間の長さと密度で、人間関係の強弱が決まりがちです。そういった関係性は、ケア労働に時間を取られている女性には不利ですよね。
出口:でも、テレワークが進んだことで、みんなが飲みニケーションで上司の説教を繰り返し聞いているより、家族とご飯を食べるほうが楽しいなと気付いた。しかも、テレワークには付き合い残業などという概念がありませんから、ウィズコロナの時代は女性にとって、現象的には大変ですけれど、我々の行動いかんによっては、だらだら残業、長時間労働、飲みニケーションなどの悪習を断ち切る契機になるかもしれませんよね。
河合:出口さんは、現在のライフネット生命の前身であるネットライフ企画を設立なさって、インターネットでつながることで商売ができる仕組みをお考えになった。そこで社長をなさっている間は、出口さんご自身は働く人たちの性差別問題をどのように解決なさったんでしょうか。
採用に必要な情報、3つだけでよい
出口:僕は自分で就業規則を書き、定年なし、原則年俸一本で、米グーグルのように性別フリー、年齢フリーの会社にしました。ご存じだと思いますが、グーグルでは採用をするときの情報は、3つだけでいいといわれています。「今、何をしているか」「過去に何をやったことがあるか」「将来どうしたいか」という3つの情報だけで、適正な人材が採用できるという。国籍はおろか、年齢や性別などの情報が分かると採用する側にバイアスがかかってしまいます。例えば年齢が書いてあったら、ひょっとしたら愚かな採用者は若いほうがいいと思ってしまう。
河合:そういう人、結構います(笑)。若いほうがいい、新しいほうがいい、といった色眼鏡的思考は、ベテラン社員の活躍の場も奪いますよね。大人(20歳以上)の10人に6人が50代以上という人口構成を考えれば、ベテラン社員を生かさないでどうする?と思うのですが、50歳になった途端に一斉に肩たたき研修をやる。「今まで必死に頑張ってきて、まだやるべきこともたくさんあるのに、突然年齢で区切るのか!」という不満は、インタビューでも繰り返し聞いてきました。
出口治明(でぐち・はるあき)氏
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。1972年、京都大学法学部卒業後、日本生命保険入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画を設立し、代表取締役社長に就任。2008年、ライフネット生命に社名を変更。2012年上場。10年間社長、会長を務める。2018年1月より現職。(写真:山本 厳)
出口:僕は定年も無くしました。でも性別が書いてあったら、男のほうがいいと思うかもしれないですよね。だからこういうバイアスをすべて無くして、性別、年齢フリーで人を採用しようというヒューマンな採用方法にしないといけない。グーグルの業績が伸びているのは、ヒューマンな経営を徹底しているからです。
ですから非正規雇用に女性が多いというのが問題なのは分かっているわけで、どうすればこれを直せるかということを考えると、やはりこの性差別の意識が、問題の根源だという認識を広めることですよね。
「非正規問題」解決のカギは適用拡大
河合:その一方、コロナ禍で注目されたエッセンシャルワーカーの人たちは、男性も女性も含めてほとんどが非正規です。コロナ禍で真っ先に非正規が雇い止めに遭ったことを考えると、性差別による問題だけではなく、やはり都合よく低賃金で使われている、非正規雇用のあり方をきちんと議論する必要があるのではないでしょうか。
例えば、この10年で労働力は爆発的に増えました。1つは働く女性が増えたこと、それと人生100年時代になり定年後も、シニアの人たちが働ける場が増えたことです。しかし、新しい労働力の多くは、非正規です。若者の非正規率も高くなっています。こういった流れから考えますと、企業が雇用する仕組みとしての非正規という形が変わらない限り問題は解決しないんじゃないかと。ウィズコロナで働き方が変わり、改善されるのは正社員の性差別であって、性差別としての非正規問題は残ってしまうのではないでしょうか。
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