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 実際、JAL123便の事故から35年もの歳月が過ぎ、事故の後にJALに入社した社員は全社員の96.5%を占める。事故後に生まれた社員も35%に達し、JALでは事故の教訓や空の安全の重要性を、社員にどう伝えていくかが課題となっているという。

 JALの社員でなくとも、1985年、8月12日18時56分の瞬間を経験していると、あのとき「自分が〇〇にいた」という記憶と結びついているので記憶の箱から決して消えることはない。35年という歳月も、「もう、35年なのか」と時間の早さに驚くほどだ。

安全とは何か、どこで育まれるのか

 だが、35年といえば、生まれた子供が結婚し、子供を持ち、次世代を残すほどの長い時間だ。
長い。とてつもなく長い。
35年前の経験の教訓を、どう伝えていくのか? は、本当に難しいことだと思う。

 そもそも「安全」とは何か? それを理解するには、前提として「なぜ、何のために、自分がここにいるのか?」という、仕事への信念=ミッションの獲得が必要不可欠である。

 そして、その信念は、実際の現場でしか育まれない。
先輩たちと接し、言葉を交わし、訓練を繰り返し、年月をかけて仕事を共にすることで、自分の内部におのずと育まれる。

 経験者から紡がれる言葉には絶対にまねできない「熱量」があり、その熱は同じ空間でフェイスtoフェイスのコミュニケーションでしか伝わらないものだ。

 生きた言葉には、その言葉以上の意味がある。生きた言葉を受け取った人の心を動かすパワーがある。そして、その生きた言葉を繰り返し聞くことで、自分の中に“仕事への確信”が生まれるのだ。

 私事で申し訳ないけど、私は御巣鷹の事故の3年後にANAに入社したが、たくさんの先輩たちから、123便のクルーが最後の最後まで、乗客の命を守ろうと必死だったと聞かされた。今振り返ると、おそらく先輩たちは「自分たちと同じように空を飛ぶ人」たちの信念を信じていたのだと思う。