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(写真:Shutterstock)

 「雇用を維持するためには~」「雇用維持が一番大事~」「雇用維持ができなくなる~」etc.etc.。この数日間、タコを通り過ぎて耳にイカができるほど、「雇用維持」という言葉を聞かされている。

 そう。最低賃金を巡る長時間の攻防である。

 労働組合側が賃上げの継続を求めたのに対し、経営者側は凍結を主張。33時間に及ぶ協議の結果、2020年度の最低賃金は、事実上据え置きで決着した。

 報道によると、小委員会に参考資料として提出された経済指標は、景気の落ち込みを示す内容だらけだったが、6月の賃金改定状況調査の結果は、前年同月比1.2%上昇していたという。日本労働組合総連合会の神津里季生会長は「上がっているじゃないか!」と声をあげるも、経営側が歩み寄ることはなかった。

 もっとも、4月9日の時点で日本商工会議所が、「最低賃金は4年連続で3%台の大幅引き上げが続き、賃金引き上げを余儀なくされた企業は4割超(19年調査)。仮に20年度の引き上げが30円(3.3%)となった場合、約6割が『影響がある』としている。新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けている中小企業の実態も踏まえ、凍結も視野に入れた対応が必要だ!」と訴えていたので、結論ありき、だったと個人的には理解している。

「最低賃金の上昇は仕事を奪わない」ノーベル賞学者の論考

 確かに、言いたいことは分かる。感染拡大の影響は想像をはるかに超えているし、この先よくなる兆しもない。

 だが、最低賃金の引き上げ凍結をすれば、果たして雇用は維持されるのだろうか。「10月から賃金を上げなくちゃいけない!」というプレッシャーから、「だったらもう辞めてもらおう」と雇用を切ることになるのだろうか。あるいは、「もう、だめだ。人件費を削るしかない」と考えていた経営者が、「賃金を上げなくていいなら、切るのをやめてもう一踏ん張りしよう」ということになるだろうか。

 以前、ある経営者が「経営者はいつだって言い訳を探す。そうならないためには確固たる経営哲学が必要なんです」と教えてくれたことがある。ひょっとして「最低賃金の引き上げが経営を圧迫する」という言説は、九牛の一毛に過ぎないのではあるまいか。 

 そもそも、当たり前のように「最低賃金を上げると雇用に悪影響が出る」と言うけど、それはエビデンスに基づく主張なのか。甚だ疑問だ。

 個人的な見解を先に述べると、私は「今こそ上げるべきだ」というか、「今上げなくてどうする?」と思っているのである。

 ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン博士が2015年、ニューヨーク・タイムズに寄稿した「Liberals and Wages」が、経済学者のみならず社会学の専門家たちの間でも話題になったことがある。

 クルーグマン博士いわく、「最低賃金の上昇が仕事を奪うということに対する証拠は全くない」。そして、「少なくとも現代のアメリカのように最低賃金が低い国では、最低賃金引き上げのネガティブな影響は認められない」と結論づけた。

 それまで最低賃金が与えるマイナスの効果を訴える立場だったクルーグマン博士は、研究方法や対象、データの蓄積などさまざまな見地から「本当に雇用に悪影響を及ぼすのか?」を検証した。