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(写真:Shutterstock)

 「73歳定年制」をめぐり、自民党の国会議員の中でベテランと若手のバトルがまたもや勃発している。

 2017年の秋に行われた解散総選挙のときは、当時の安倍内閣の合言葉だった「一億総活躍」に乗じて、「老人差別を撤廃せよ! 一億総活躍社会を掲げているのに矛盾しているではないか!」とベテラン議員たちが吠(ほ)えた。当時78歳だった二階俊博幹事長にいたっては、「年齢の若い人が新しい意見を持っているかと言えば、そうでない場合もある。年齢なんか関係ない」と、自らの健在ぶりをアピールしていた。

 で、今回。「人生100年時代」を合言葉に、79歳の衛藤征士郎氏と74歳の平沢勝栄氏が、81歳の二階幹事長と面会し、「政府が人生100年時代を唱える中で年齢により“差別”を行うのはおかしい」と、定年制廃止を直訴したという。

 しかも、「あえて若手の候補者に一言申し上げたい。高齢者の高き志に対し、果敢に挑戦し、圧倒する意気込みと迫力を示してほしい」(by 衛藤氏) などと、若者を挑発するようなコメントをし、若手議員らは猛反発している。

 37歳の小林史明氏は「コロナにおいて大変国民が厳しい状況にある中で、国会議員の立場を守るための議論が行われていることに正直、優先順位が全く違うと驚きを隠せない。高き志を持っている先輩方にはぜひ堂々と小選挙区で戦っていただきたい」と切り捨て、自民党の下村博文選挙対策委員長に73歳定年制の維持を申し入れたそうだ。

 ふむ。仁義なき“志”対決である。

若手は実力で戦うべきではないか

 確かに「年齢による差別」はよろしくないし、「若い=良い、高齢=ダメ」とは微塵(みじん)も思わない。だが、このバトル、どこからどう考えても若手の勝ちと言わざるを得ない。

 そりゃあ誰だって、制限を付けられるのは嫌だし、年齢という自分ではどうにもならない属性ではじかれるのは悔しい。しかしながら、衆議院の73歳定年制はあくまでも比例区のお話であって、小選挙区に定年は存在しないのだ。

 「高き志」があるなら、「制度を撤廃せよ!」などと組織に頼るではなく、小林氏の言うように“右手ポンポン(腕をたたく)”と実力勝負で堂々と戦えばよろしい。

 だいたい国民には「70歳定年制」を法制化し、明確に「70歳」という年齢で線引きしているのに、なぜ、自分たちのこと=国会議員になると反発するのか?

 私の理解が間違っていなければ、国会議員の給与は私たちの血税である。ならば「どうせ、我が身かわいさでしょ?」と揶揄(やゆ)されないよう、国民が納得できる“材料”に基づき、制度撤回を求めてほしい。

 デリケートな問題なので念のため繰り返すと、私は年齢で区切ることには基本的には「反対」である。