「ところが今回のコロナで、テレワークとかZoom会議やるうちに、部下とか上司とか、管理職とか、なんだったのかなぁと思うようになってしまったんです。何なんですかね、この感覚。

 当然、今までの評価方法ではテレワークにはまらないので、完全な成果主義にならざるを得ないでしょう。そうなれば、部下自身に自ら動いてもらわないと困る。今までのように周りがサポートして、どうという話じゃなくなるわけです」

 「一方で、管理職も、今までとは違う形になるでしょう。

 本来なら、そこに自分も率先して加わっていくべきなのかもしれません。

 でも、もういいな、と。自分たちの出る幕じゃないのかなぁ、と思っちゃうわけですよ。

 意識の高い人たちは、『いくつになっても学び続けなきゃダメだ』と言いますよね。その通りなんです。でもね、学ぶ努力にも、動機が必要ですよね? その動機が湧いてこない。会社の中でどうなるとか、もうどうでもよくて、会社の外でどう生きるかに自分の意識が移ってることに気がついちゃったんです。

 おそらく会社の状況からいって、希望退職を募ると思います。なので、会社が払えるうちに早期退職した方がいいのかなぁと思い始めています。ただね、これも悩ましくて。息子がまだ大学生なので、正直、踏ん切りがつかない。なんかこの年になると、機動力ってホント落ちますね。私みたいな人、結構、いるんじゃないですかね?」

 ……さて、いかがだろうか。

新しい働き方になじめない管理職も

 「何を甘えたこと言ってんだ!」だの、「何が言いたいんだ、コイツは?」だの、「50過ぎてこれって、どうよ?」だのと、あきれている人もいるかもしれない。だが、これって、ごくごく普通の感覚。実に人間らしい。少なくとも私には「自分たちの出る幕じゃないのかなぁ」という気持ち、とてもとてもよく分かる。

 例えば、新型コロナ感染拡大の防止策では、地方自治体の知事が発するコメント力、判断力、行動力が完全に見える化したが、圧倒的に若い知事の方が柔軟だった。説得力があった。しかも、市民と近い。一方で、申し訳ないけど、「あの~、その歯切れの悪さは~何のしがらみから~~」と。いや、これ以上やぼなことを言うのは、やめておこう。

 いずれにせよ、この2カ月の変化のスピードは、生身の人間が耐えることができる限界を完全に超えている。わけが分からなくなって当たり前だ。そして、これ以上はこの速さについていくのは無理だ!となったとき、人は止まる。運転してるときと同じだ。いったんブレーキを踏んで、側道に寄る。自分が壊れないために、だ。で、ものすごいスピードで通り過ぎていく車を、ただただ見つめ、「もう、いいかな」と戦線離脱するのだ。

 そして、おそらくこの男性が指摘する通り、確実にテレワークは「新しい働き方」として定着する。「横並び意識」が強い日本社会だ。「○○社はテレワークを始めた」だの「△△団体はみなやっている」といった状況になれば、重たい腰を上げる会社が雨後のたけのこのように出てくるにちがいない。

 となれば、テレワークや在宅勤務によって、間違いなく求められる能力や評価方法も大きく変わる。「会社に来る」ことで評価されていた時代は終わり、“Face to Face”で物を売るスタイルは過去の遺物となり、人の機微をつかむコミュニケーションよりSNSなどを使った無駄のない発信のうまさが求められるようになる。

 当然、上司と部下の関係も大きく変わるだろう。

次ページ 働き方の変化は早期退職を加速させるか