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(写真:Shutterstock)

 「和牛だけだとバランス悪いから魚介類も!」だのと不満が出たり、「密接して話したり、密集したり、密閉した空間は避けて!」と要請しながら、混み合った閣僚会議の映像やら政治家に接近した記者たちが映し出されたり。“雲の上”の方たちは、自分の言動が与える影響の重さを分かっているのだろうか。

 「えっ、俺?俺、何かした?」って?

 なるほど。理解してないから、どこまでもふてぶてしく振る舞い続けるのだな、きっと。というわけで、今回は「上の言動の重さ」について考えてみようと思う。

 といっても、「コロナ問題」についてではない。「パワハラ」である。雲の上の人たちが、無責任な言動を権力という魔物とともに行使すること=パワハラに、私は少々、いや、かなり憤っているのだ。 

近畿財務局の男性が書き残したパワハラの構造

 「最後は、下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ。手がふるえる。怖い。命、大切な命 終止符」──。

 限界ギリギリの中でこう書き残し、2年前の3月7日、ひとりの男性が命を絶った。彼が勤めていたのは、近畿財務局。財務省の指示による文書改ざん問題で、犠牲になった男性職員である。

 ご承知の通り、男性の手記とメモは先日公表され、国会でも追及されている。

 手記はA4判で7枚にも上り、冒頭には「苦しくてつらい症状の記録」と書かれていた。男性は「ぼくの契約相手は国民」という信条をどうにか貫きたくて、「まさに生き地獄」(男性の言葉)の中で、力の限りを尽くして“事実”を書き残したのだと思う。

 そこにはことの顛末(てんまつ)が極めて論理的かつ時系列にまとめられていただけでなく、「これまでのキャリア、大学すべて積み上げたものが消える怖さと、自身の愚かさ」「家内にそのまま気持ちをぶつけて、彼女の心身を壊している自分は最低の生き物、人間失格」といった自分を責める悲鳴もつづられていて、彼の言葉の一つひとつが胸に刺さった。私の心の奥底には、“権力”というものへの怒りと絶望、胸をかきむしられるような感覚が残り続けている。

 同時に、私はこれほどまでに、詳細かつ客観的に「パワハラの構造」が描かれたものを見たことがない。ただただ真面目に職務に向き合ってきた人が、上の一言で追い詰められ、恐怖に震え、おびえ、本当は生きたいのに、生きる力が萎えていくプロセスが残酷なまでに描かれていた。