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 先週、ドラッグストアの店員さんが「コロナより人間が怖い」とtwitterで悲鳴を上げ、多くの共感が集まったが、その根っこにある心の動きは過去の感染症流行時と全く同じだ。

 ドラッグストア勤務歴12年のベテラン店員さんのツイートは、デマ情報にだまされドラッグストアに殺到するお客さんへの対応について書いたものだった。

 「今まで優しかった人々が、殺気立って、とにかくイライラをぶつけてくる。『次の入荷はいつ?』『いつもないじゃない』『1個くらい取っておいてよ』と電話でも、対面でも何度も何度も聞かれ、その度に『すみません』『申し訳ありません』と頭を下げている。人が鬼に見える。正直ノイローゼ気味だ」などと書かれ、リツイートは33.5万件、いいねは59.8万件を超えた(5日19時現在)。

 店員さんが「今まで優しかった人々」としていることから分かる通り、幼稚で暴力的な言動に走るのは、決して「特別な人」だけではない。

 恐怖にあおられればあおられるほど、人の生存欲求はかき立てられ、利己的な言動が引き出される。自分でも驚くような大きな声を出してしまったり、後から考えると反省しきりの行動をしてしまったりする愚かさを、私たちは持ち合わせている。実に恐ろしいことだ。

 3月3日には、「『トイレットペーパーが品薄になる』という虚偽情報を流したのは、うちの職員だった」と、鳥取県米子市の「米子医療生活協同組合」が謝罪したが、その数分後には、SNS上で職員の実名が拡散され、にわかに信じがたいおぞましい言葉が職員に浴びせられていた。“二次被害”が出ないこと願うばかりだ。

冷静さを取り戻す鍵はリスクコミュニケーション

 いずれにせよ目に見えない敵に恐怖を感じたときの人間は実に愚かで、暴力的かつ刹那的な言動に走りやすい。それを防ぎ、「正しく恐れる」(←知識人が好む言葉ですね)には、リスクコミュニケーションを徹底するしかない。

 「リスクコミュニケーション」は個人、集団、組織などに属する関係者たちが情報や意見を交換し、その問題について理解を深め、互いにより良い決定を下すためのコミュニケーションだ。それは一方通行ではなく双方向で、批判的ではなく建設的に、1回限りではなく継続的にやりとりされる「相互作用の過程」である。

 すなわちリスクコミュニケーションとは一般の人たちの「知る権利」であり、リスクに対する彼らの不安や被害をできる限り減らすための唯一の手段なのだ。

 リスクコミュニケーションの重要性は、原発の事故発生時やその後の再稼働のときにも散々指摘されてきたが、特に予測が難しい感染症時のリスクコミュニケーションでは、専門家の役割が極めて重要になる。

 専門家には一般の人たちの目線と、難しいことを平易な言葉で分かるように伝えるスキルと、「こんなこと言っても分からない」とあきらめない姿勢が求められる。