(写真=shutterstock)
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 久しぶりに春闘が話題だ。

 きっかけは経団連が「日本型雇用の見直し」なるものを求めたこと。
 年末に行われた定例の記者会見で中西宏明会長は、こう訴えた。

 「新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金が特徴の日本型雇用は効果を発揮した時期もあったが、矛盾も抱え始めた。今のままでは日本の経済や社会システムがうまく回転しない。雇用制度全般の見直しを含めた取り組みが重要だ」と。

 その上で、「賃上げの勢いを保つことは大前提だ。ただ製品やサービスの付加価値向上に必要なスキルや意欲のある人が活躍できる環境づくりも大事だ。そのためには賃金体系や人事制度についてもしっかり対応すべきだ」──。

 この発言は1月21日に発表された「2020年版 経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」の中で、「転換期を迎えている日本型雇用システム」という言葉に置き換わった。「新卒一括採用や終身雇用、年功型賃金を特徴とする日本型の雇用システムは転換期を迎えている。専門的な資格や能力を持つ人材を通年採用するジョブ型採用など、経済のグローバル化やデジタル化に対応できる新しい人事・賃金制度への転換が必要」と、盛んにアピールしているのだ。

 しかも、組合側も組合側で、経団連の指針に“素直”に応じるような要求が相次いでいる。

 自動車メーカーなどの各労働組合が12日、経営側に提出した要求書には……、
・給与を1人当たり月額1万100円の引き上げを求める一方で、ベアについて人事評価に応じて差をつける新たな方法を提案(by トヨタ自動車の労働組合)
・新たな仕事に挑戦した社員に賃金を上乗せする制度の拡充を求める(by ホンダの労働組合)
 など、賃上げにめりはりをつけてほしいと書かれているらしい。

2008年の「派遣村」が象徴していた日本型雇用の崩壊

 これらの経緯を受け、テレビなどでは「転換期を迎えている日本型雇用システム」という言語明瞭意味不明のフレーズを繰り返している。

 ……ふむ。「日本型雇用システムが転換期を迎えている」って?
 中西会長含め、経済界を代表する重鎮たちは、昨年から度々この言葉を繰り返しているけど、この言葉に私は違和感を抱き続けている。

 だって、とっくの昔に日本型雇用システムは転換期を迎えていたじゃないか。10年前に、重鎮たちだってしかと、その目で、見たはずである。

 まさか、忘れたってことだろうか?
 経団連もメディアも、2008年の年末の「派遣村」のことを忘れてしまったのか?当時、メディアは連日連夜日比谷の派遣村から中継していたのに……。いったいどうしてしまったんだ?

 あの「年越し派遣村」こそが、日本型雇用システム崩壊の象徴に他ならない。

 忘れてしまった“経済界の重鎮”のために、あのときの出来事を簡単におさらいしておく。

 08年秋に起きたリーマン・ショックにより、大手の製造業などで働く非正規の人たちがリストラされ、寮からも追い出される事態となった。いわゆる「派遣切り」だ。

 そんな人たちを受け入れようと、労働組合関係者、法律家、生活困窮者支援NPOのメンバーらにより、日比谷公園に「年越し派遣村」がつくられ、全国から500人近くが集結。当時は“ワーキングプア”や“ネットカフェ難民”など、不安定な雇用形態である非正規雇用で働く人が急増した時期だったので、社会の関心も高かった。

 中には「ホームレスも含まれているじゃないか!」「政治的な陰謀じゃないか」など、批判的な意見もあったが、派遣村の最大の功績は「貧困の可視化」だった。派遣村をきかっけに格差問題は貧困問題になり、非正規と正社員という単なる雇用形態の違いが「身分格差」になっていることが周知されたのだ。

 それは“経営の三種の神器”として日本企業を支えてきた「終身雇用、年功制、社内組合」の崩壊であり、米国の経営とは異なる日本独自の極めて優れた経営戦略として世界から称賛された「日本型雇用システム」の終焉(しゅうえん)を意味するものだった。

 つまり、経団連はやたらと「日本型雇用システムの限界」だの「日本型雇用システムの転換期」だの昨年から言い続けているけど、10年も前に“日本型雇用システム”の転換期を迎えていたのだ。

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