認知症の判断基準になっている「長谷川式認知症スケール」を作成し、2018年に自らも認知症であることを告白した精神科医の長谷川和夫先生(90歳)は、「認知症にならないのは1割しかいない。超エリートなんだよ」と常々話していた。

 ご自身が嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症になってからは、「認知症になって人が変わるわけではない。『いつもの自分だ。大丈夫だ』と思えるときがある。認知症になっても、すべてなくなるわけじゃない。認知症は変動する。これほどまでにいい時があるとは、自分がなるまで分からなかった」とおっしゃっていた。

 医師として、患者として、経験を一人でも多くの人に伝えたいという思いから、今も講演活動を続けている。その様子を、先日NHKがドキュメンタリーで報じていたが、私は娘さんの気持ちが自分とクロスして、涙が止まらなかった。

 私も高齢者向けのプログラムを開発したり、講演をしたりすることがあるが、研究者の端くれとして「どんな雨も自分が降られてみないと、その雨の冷たさは分からない」のだなぁと痛感させられた。

 認知症が、徐々に、そして確実に進行する長谷川先生のケアをする、81歳の奥さんの負担は日に日に増し、長谷川先生は奥さんの負担軽減のためにトライアル的にグループホームに宿泊することを決意。予定では2泊3日だった。ところが1泊で帰ってきてしまったのだ。

「老い」は一人ひとり違う

 「何をしたいのか?と聞いてほしかった。あそこにいくと自分は孤独だった」──。

 こう話す長谷川先生は、自分が考案したグループホームで全く楽しめなかった。

 グループホームは長谷川先生が認知症の研究をする中で、「認知症になった高齢者がみんなと楽しく笑えるように」という思いから、1980年代にスタートしたものだった。

 にもかかわらず、実際に自分が認知症になり参加したグループホームで長谷川先生は「孤独」だった。カメラに映し出される長谷川先生のまなざしは、悲しくて、つまらなくて、さみしそうで。みんなで歌ったり、輪投げをしたりするときの表情は気の毒なほどだった。

 1日早く帰宅し、まっしぐらに自分の書斎に向かった長谷川先生。書斎は何十年も、認知症になってからも、毎日、自分がそこで学び、仕事をした場所だ。私の父も、最後の最後まで自分の書斎にいる時間を、何もしない、何もできない状況になっても「手放さなかった」。

 私たちがそうであるように、年をとっても認知症になっても、誰もが「私」でいたい。「高齢者」とか「認知症」とか、ひとくくりにされたくない。「人」として向き合って欲しいのだ。

 「君が認知症になって、初めて君の認知症研究は完結する」と長谷川先生は、先輩の医師に言われたそうだが、まさにその通りだったのである。

 先の政府の指針には「尊厳を守り共生する」ことが掲げられている。……実に美しい言葉だ。

 「共生」とは、スタンダードを変えること。階段の手すり、大きな文字、大きなスイッチ、見分けやすい色などのハード面に加え、私たちのマインド、つまりソフト面のスタンダードも高齢化社会に合わせることだ。

 以前、日経ビジネス電子版で取り上げられていた記事「認知症対策、イオン、ヨーカ堂が育てた『大規模サポーター』の効果」のような取り組みをする企業や社会が当たり前になればいいなと心から思う。できれば「認知症サポーター」ではなく、「高齢者サポーター」にしていただきたいけど。

他人の足を引っぱる男たち』(日本経済新聞出版社)


権力者による不祥事、職場にあふれるメンタル問題、 日本男性の孤独――すべては「会社員という病」が 原因だった? “ジジイの壁”第2弾。
・なぜ、優秀な若者が組織で活躍できないのか?
・なぜ、他国に比べて生産性が上がらないのか?
・なぜ、心根のゲスな権力者が多いのか?
そこに潜むのは、会社員の組織への過剰適応だった。 “ジジイ化”の元凶「会社員という病」をひもとく。

この記事はシリーズ「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

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