そもそも「認知症=病気」ではない。「認知症=何もできない」わけでもない。

 認知症とは、「物忘れや認知機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたしている状態」である。

 例えば、頭痛がさまざまな病気で引き起こされるように、認知機能の低下にも多種多様の原因がある。アルツハイマー病やレビー小体症などが認知症につながるとされているけど、その原因はすべて数えると70種類以上にもなる。原因が特定できない場合もある。さらに障害の種類や重さ、症状は個人差があり千差万別だ。

 しかも、たとえ認知症につながる病気になっても、症状の進行度合いは人によって違うし、生活に支障がない範囲であれば「認知症」とは診断されないのだ。

 2019年、認知症対策を強化するための「数値目標」なるものが、政府の有識者会議で提示され、物議をかもしたのを覚えているだろうか。批判がやまなかったことから最終的に取り下げられたが、当初は「6年間で6%減」という数値目標を掲げていた。

 70代の発症を10年間で1歳遅らせると、70代の認知症の人の割合を約1割減少させることができるという試算に基づき、2025年までの6年間で70代人口に占める認知症の人の割合を6%減らすとしていたのである。

「老い」に絶対的な予防法はない

 数値目標が掲げられた背景には、超高齢化社会で増え続ける社会保障費の問題があるわけだが、認知症は生活習慣病のように生活習慣を改めれば改善できるものでもなければ、ましてや、科学的根拠のある治療法や予防法が確立されているものでもない。

 もちろん「運動習慣のある人の方がなりづらい」「健康的な食生活をしている人の方がなりづらい」「浴槽につかる習慣のある人の方がなりづらい」「おしゃべりな人の方がなりづらい」といった調査結果はある。

 しかしながら、あくまでも「確率」の問題であり、絶対的な予防法ではない。「これをやっていれば大丈夫!」というわけでもない。

 誤解のないように断っておくが、予防に努めるのはとても有意義だし、大切なこと。国が積極的に取り組むことで、多くの自治体が高齢者に無料で体操教室を開催したり、食事教育を行ったり、多くの高齢者が楽しむ「場」が増えたりすることには大賛成だ。

 私の母も近くの高齢者交流館に、「それ体操教室だ!」「それコーラスだ!」と毎日楽しそうに通っているし、それは家族にとっても本当に有り難いことだ。

次ページ 老いの表れ方は一様ではない