全6317文字
(写真:Shutterstock、写真はイメージ)

 津久井やまゆり園殺傷事件の初公判が始まった。

 「障害者は生きてる意味がない」「生産性がない」などという優生思想を掲げた被告が、19人もの人たちの尊い命を奪った事件から3年超……。日本は、その教訓を生かして障害者と共存する社会に向かっているのだろうか。

 れいわ新選組から筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後靖彦議員と、脳性まひを患う木村英子議員が当選したときに、「重度障害者に政治家としての仕事が務まるのか?」と批判した人々がいた。また「桜を見る会」の招待者名簿がシュレッダーで廃棄された問題を追及されたときに、「担当である障害者雇用の短時間勤務職員の勤務時間等との調整を行った」(12月2日の参議院本会議)と、わざわざ“障害者”という言葉を使ったこの国の首相……。この半年間に起きたことを振り返っても障害者へのまなざしは変わっていないように思えてならない。

 事件で被害にあった人たちを、「甲A」「甲B」「乙A」「乙B」などと匿名で呼ばなくてはならない社会が、「今ここ」に存在する。被害者を守ることが目的なのは分かる。だが、2016年7月に事件が起きた時には、「障害者も健常者も関係ない」「差別は許さない」「生きてる意味がない人などいない」とみんな憤っていたのに、個人を“障害者”というカテゴリーに分類し、「私たちとは違う」というまなざしは、ちっとも変わっていないのではないか。

 人を「記号」で呼ぶ社会のどこに、障害者の尊厳が存在するのか。

 内閣府が実施した障害者に関する世論調査では「世の中には障害者に対する差別や偏見があると思うか?」との問いに、84%が「あると思う」と答えた。5年前の89%からたったの5ポイント減にとどまっている。

 障害者を対象にした調査でも、59%が日常生活において、「差別や偏見を受けた」とし、障害者差別解消法の施行以降も、「差別・偏見が改善していない」89%、「合理的配慮を受けやすくなったとは思わない」84%と、社会の変化をほとんど感じることができていない(障がい者総合研究所「障がい者に対する差別・偏見に関する調査」」)。

ある“バブル戦士”が経験したハードワークの末路

 そんな中、ある障害者の男性から連絡をもらった。その内容は、個人を“障害者”というグループにカテゴライズし、目の前の部下(=障害者)を全く見ていないという実態を物語るものだった。「生産性」という呪いの言葉が、いかに「障害者を“障害者”たらしめている」かを痛感させられた。

 というわけで、今回は「障害者と働き方改革」というテーマで、アレコレ考えてみる。

 今回のケースは男性が「障害者になった」経緯が極めて重要なので、まずは彼のプロフィルから紹介する。

 男性は都内の有名私立大学を卒業後、外資系のIT企業に就職した。時代はバブルで、会社にはチャンスがあふれ、やりたいことが次々にできた。彼は「24時間働けます!を率先して長時間労働する、あの時代にあふれた仕事大好き人間の一人」(本人談)だった。

 ところが、30代に大きな人生の転機が訪れる。

 プライベートで問題が立て続けに起こり、ストレスを感じる日が増えた。会社に行けば余計なことを考えずにすむので、彼はそれまで以上のハードワークに没頭する。残業時間は常に月100時間を超えていたが、当時はそれも「当たり前」だったので、ひたすら仕事にのめり込んだという。

 そんなある日のこと。会社でいつもどおりパソコンに向かい仕事をするのだが、全く内容が入ってこない。画面の文字すら認識できない。明らかに尋常ではない自分に気づいた。

 そこで彼は産業医に相談し、精神科を受診。そこで下された病名は「うつ」。家庭でのストレスと会社でのハードワークで心身は極限状態に陥っていたのである。