「君は自分の殻を破れていない。殻を破る方法を教えてあげる」──。
20代のある女性は企業の採用面接で1次面接を突破。「よし! 頑張ろう!」と2次面接に臨んだ際、人事担当者からこう言われた。そして、「会社だと緊張するだろうから、本音を話せるように外に出よう」と居酒屋に誘われ、女性は「ノー」と断ることができず、ついて行くことになる。
すると、そこで人事担当者が繰り返したのが、「殻を破るために、僕とラブホに行こう。セックスすれば採用する」という耳を疑うような言葉だった。人事担当者は女性に酒を強要し、何度も「殻を破ろう。ラブホに行こう」と迫り続けた。
怖くなった女性は勇気を振り絞り、なんとか人事担当者の誘いを断った。
すると人事担当者は態度を一転。不採用をちらつかせ、女性は翌日、泣く泣く選考を辞退するメールを送った。
……これは今年5月にインスタグラムに投稿された「実体験」を描いた漫画の内容である。いわゆる「就活セクハラ」。就職活動中の学生に対するセクシュアルハラスメントだ。
ついに顔出し告発にまで至った就活の実態
今年、2月にゼネコン大手の大林組に勤める27歳の男性社員が、就職活動でOB訪問に来た女子大学生にわいせつ行為をした疑いで逮捕(後に不起訴処分)。ひと月後には、住友商事元社員の24歳の男性が、同じく就職活動でOB訪問に訪れた女子大学生を居酒屋で泥酔させ、女子大生の宿泊先のホテルでわいせつな行為をしたとして逮捕された。
これらの事件に関しては「大手“下層”社員の就活生暴行事件に感じる薄ら寒さ』」に書いた通りだが、ついに学生たちが「もう我慢できない! いつまで女性たちは差別されるのか!」と立ち上がった。
12月2日、4人の大学生の女性が厚生労働省で会見を開き、生々しい就活セクハラの実態を話すとともに、厚生労働省や企業、大学に対して具体的な策を取って欲しいと対策を訴えたのである。
一体なぜ、就職を控えた学生が、大勢の大人たちに顔出しをしてまで、記者会見をしなければならなかったのか?
一言でいえばオトナたちの「傲慢さ」だ。そこで今回は「就活セクハラ」についてあれこれ考えてみようと思う。
記者会見を主催したのは、慶応、上智、早稲田、国際基督教(ICU)、創価、東京の各大学学生有志による団体「SAY(Safe Campus Youth Network)」で、この日は4人の大学生の女性が会見に参加。就職活動への支障を懸念し2人は顔を写さないよう求め、1人はサングラスで顔を隠した。
「SAY」は11月18日、「実効性ある『就活セクハラ』対策を求める大学生からの緊急声明」を発表。今回の会見は、生の声で緊急声明の内容を、より訴えかけたいとの趣旨で開催された。緊急声明の詳細はこちらを読んでいただくとして、要点のみ紹介する。
- 厚労省が10月に示した企業にパワハラ防止を求める指針案には、ハラスメントを防ぐ抑止力がなく、具体的な対策への踏み込みが足りない
- 「職場」の定義が非常に狭く、就活セクハラの実態への解決策として不十分
- 就活では、採用での面接試験だけでなく、インターン採用やアプリを介したOB・OG訪問などが行われているため、就活セクハラが起こりやすい状況が存在する
こういった状況を踏まえ、
- 厚労省に指針案の見直しと、企業に就活ハラスメント相談窓口を設置させるなどの具体的対策や、就活セクハラに関する包括的な実態調査の実施を要求
- 企業には就活生の安全を保証すること、大学に対してはキャリアセンターによる就活セクハラの危険周知、相談窓口の設置といった対策を要求した
就活生の弱みにつけ込むセクハラ事例
記者会見では昨年6月から1年間就活したという学生が、面接やOB訪問などの際に受けたセクハラの実態も告白した。女性は面接官に、「君は彼氏いるの?」「うちは社内結婚がとても多いから君も安心だね。だけど早めに彼氏をつくらないと売れ残っちゃうぞ」などと、就活にまったく関係のないことを言われたそうだ。
「インターン、企業面接、OB訪問などにも積極的に参加し、内定をもらえるように一生懸命努力してきたのにショックだった。でも、人事担当者に『空気が読めない、コミュニケーションが取れない学生』と思われてしまうと次の選考に絶対に進めない。気持ちの悪い冗談でも笑ってごまかすしかなかった」(by 女子学生)
また、「SAY」に寄せられた学生からの実態報告では、「訪問したOBに飲み会に誘われ、その後2人きりで飲みに行かされた」「ホテルに行くならエントリーシートを書くのを助けると言われた」「体を触られた」「薄手のストッキングを履いてくるように言われた」など、OB訪問時にセクハラを受けた事例が多かったそうだ。
学生らによると、「隙があるからいけないのでは?」「自意識過剰なのでは?」といった批判を恐れ、誰にも相談できず一人で抱え込んでいる女性も多いとのこと。
そこで、厚労省に対し「被害者に落ち度はないと国が明確に示していく必要がある」と指針案の修正を強く訴えたというわけ。
……なんとも。ラブホだのストッキングだの、どんだけアホな輩(やから)なんだ。
あきれてものが言えない。が、実はこの会見のあとTwitter上に、次のような趣旨の投稿がされ議論が巻き起こった。
「就活セクハラの、彼氏いるの?」という質問は、出産や子育てで休みを取られることが会社に不都合なので、向こう5年くらい安定して働ける人材が欲しいからあらかじめ聞いたと考えられる。
ふむ。なるほど。投稿に寄せられたコメントの中には“翻訳”に共感する声も少なくなかったが、どんな真意があろうとも採用面接で「彼氏いるの?」は完全にアウト。だいたい「産休や育休に対応できない企業」って、どんだけブラックなんだ?
私は正直なところ、今の学生たちの「内定ですべてが決まる」とばかりに就活に躍起になる風潮には、ある種の危うさと違和感を抱いている。だが、学生たちをそうさせているのはオトナだし、就活生だからといってハラスメントが許されていいわけがない。どんなに小さなことであれ、学生たちの心情を思えば未来に大きな禍根を残すことになる。
であるからして、厚労省は「望ましい」などと責任放棄するのをやめて、速やかに修正作業に取りかかって欲しい。学生が気軽に相談できる窓口を設け、就活セクハラがあった企業名を、ぜひとも公表してほしい。
企業は「就活生を弱者」と見下す傲慢で、幼稚な輩が後を絶たないことを、もっと真剣に受け止め、危機感を持って対応してほしい。
男子学生への就活セクハラも横行
そして、もう一つ。今回置き去りにされている問題に、厚労省も企業も大学も、そしてメディアもスポットを当ててほしい。
それは「男子学生への就活ハラスメント」だ。
内定が決まった学生が、人事担当者との飲み会で「女性との性交経験の有無を聞かれた」と嘆いたことがあった。その飲み会には女の人事担当者もいて、顔を真っ赤にした学生をイジりまくったそうだ。その学生は結局、他の企業に内定をもらったのでそちらに就職したけど、彼のように嫌な経験をする学生は少なくない。いや、むしろ多いと言ったほうがいいかもしれない。
連合が行った「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査 2019」によれば、就職活動中にセクシュアル・ハラスメント(以下、就活セクハラ)を「受けたことがある」人は10.5%、「受けたことはない」は 89.5%。
男女・世代別にみると、20代男性(21.1%)が最も高く、20代の女性(12.5%)を10ポイント近く上回った。なんと男子学生の5人に1人が、就活セクハラを経験していたのだ。
さらに、就活セクハラの内容を尋ねたところ(複数回答)、20代女性で最も多かったのが「性的な冗談やからかい(38.5%)」、次いで「食事やデートへの執拗な誘い(30.8%)」だったのに対し、20代男性では「性体験などの質問」が43.5%が最も多かった。「個人的な性的体験談を聞かせる」が30.4%で、女性にはあまりしないセクハラが男子学生に対し横行していたのである。
……情けない。学生同士の会話かよ!というのが正直な感想である。
この調査では加害者が男性会社員なのか、女性会社員なのかは聞いていない。
だが、私の知る限り、男子学生に就活セクハラをする輩には女性会社員も少なからず含まれている。また、今回問題にしている就活生に対するセクハラではないけれど、社員同士の飲み会で、男性部下の性体験の有無をからかう女性上司を目の当たりにし、唖然(あぜん)としたことがある。
自分があんなことみんなの前で言われたら嫌だろうに、明らかに赤面してる若い男性に「もう、弟みたいで心配なのよ~」とセクハラする女性上司には憤りも感じたし、同じ女性として恥ずかしかった。
女子学生に「彼氏はいるのか?」と採用面接で脈絡もなく聞く輩は、男子学生にも「彼女はいるのか?」と同様のことをする。女子学生の体を平気で触る輩は、男子学生の体も平気で触る。セクハラをする会社員は「男にはこれくらいやっても構わないだろう」と勘違いし、セクハラをされた学生は「男のくせにと言われたくない」と泣き寝入りする。悔しくてたまらないのに、誰にも言えないのだ。
学生たちの心はオジサンやオバさんが想像する以上に、ナイーブだ。そして、「内定の重さ」は私たちの時代とは比べものにならないくらい重く、「ちょっとでもいい会社に入りたい」という願いも強烈だ。理屈じゃない。将来不安だの、ブラック企業だの、勝ち組だの、意識高い系だの、非正規だの、引きこもりだの、さまざまな社会問題が複雑にからみあった結果、「我慢してでもいい会社に採用されたい!」という思いは強まっているのだ。
もっとも「いい会社って何?」という根源的な問題はあるのだが、本題からそれるのでそこはおいておこう。
いずれにせよ、就活生には男性もいれば、女性もいれば、LGBTもいる。性に関する問題は極めて個人的なデリケートな問題だ。性の違いで人間性や能力に違いがあるわけでもない。
にもかかわらず、圧倒的に強い立場にいる会社側の人間がそれを利用して、「将来自分たちの仲間になるかもしれない就活生」に愚劣な言動をとったり、あざ笑ったりするのは絶対に許されるべきではないと思う。
採用過程で最も重視されるべきは何なのか
だいたいいつから、こんなにも卑劣かつ幼稚な就活セクハラが横行するようになったのだろうか。先の連合の調査では、50代女性で就活セクハラを経験したのは4.7%、50代男性ではわずか1.8%だった。
私自身、遠い過去を振り返っても採用の可否をちらつかせて、性的な関係を強要されたという話は一度も聞いたことがない。OB訪問もみんなやっていたけど、触られたという話は一回も聞いたことがない。もっとも「彼氏は?」「結婚は?」といった今だったらアウトのトークが普通にまかり通っていた時代なので、セクハラをセクハラと学生が思わなかった可能性もある。
それでもやはり昨今の異常な就活狂騒曲や、大手病と揶揄(やゆ)される「大企業に就職する」というだけで、自分と他者を隔てる特別感がつくられている状況は異常だし、それに乗じて勘違いした“オレ様エリート”が増殖している状況は不気味だし、その歪さが弱者に向かわないように「オトナ」はあらゆる手段をつくすべきだ。
だいだいね、採用過程で最も重要な確認事項は、「自分たちと同じ思いで仕事ができる人物かどうか?」と価値観のすり合わせでしょ? どんなに優秀な学生でも企業が大切にする価値観と違えば、能力を発揮することも引き出すこともできず、泥船に乗り込むことになるだけだ。
『他人の足を引っぱる男たち』(日本経済新聞出版社)
権力者による不祥事、職場にあふれるメンタル問題、
日本男性の孤独――すべては「会社員という病」が
原因だった? “ジジイの壁”第2弾。
・なぜ、優秀な若者が組織で活躍できないのか?
・なぜ、他国に比べて生産性が上がらないのか?
・なぜ、心根のゲスな権力者が多いのか?
そこに潜むのは、会社員の組織への過剰適応だった。
“ジジイ化”の元凶「会社員という病」をひもとく。
この記事はシリーズ「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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