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 ストレス研究の専門家の中にも、「日常イライラしたり、悩んだりするのは、この世の中に生きていれば当たり前だ」として、デイリーハッスルをストレッサー(ストレスの原因)として扱わない人も少なくない。

 とはいえ、リアルの世界は学問じゃ語りきれない問題だらけで、デイリーハッスルの慢性化ほど、つらいことはないのである。

 とりわけ上司と部下の関係のように毎日顔を合わさなくてはならない、相手を避けることも逃げることもできない状況では、地獄の苦しみとなる。上司がリスクなら「そうそうその通り!」と満場一致の賛成票を集められても、部下の場合はそうはいかない。知人が言うように自責の念も強まるため、余計にタチが悪い。

 私は講演会などで大抵質疑応答の時間を設けるのだが、最近のトレンドはもっぱら「ゆとりモンスター部下」だ。

「ゆとり‥‥という言葉は禁句らしいのですが‥‥」
「ゆとり‥‥と呼ぶこと自体、パワハラらしいのですが‥‥」
「自分たちの時代もそうだったのかもしれないけど、やはりゆとりは‥‥」

 といった具合に相当に気遣った前置きをした上で、心情を吐露する。

少子化がコミュニケーション下手を助長した

 ゆとり世代=モンスター部下では決してなく、モンスター部下にゆとり世代が多いと感じられているだけなのだが(と、ここでも気を遣わなきゃならないわけでして)、仕事のアドバイスをすれば「上から目線」と批判され、ちょっとでも厳しく指導すると「パワハラ」って騒がれてしまう上司たちは、「新しきが良きこと」という極めて短絡的な価値観を最優先し、「評価されない」とまるで子供のように機嫌をそこねる「ゆとりモンスター」に手を焼いているのである。

 いったいなぜ、モンスター部下なんて言葉が生まれるような時代になってしまったのか?

 個人的には少子化、SNSによるコミュニケーションスタイルの違い、大学のキャリア教育が影響していると考えている。

 今の若者たちの多くは「一人っ子」だ。1970年代前後から30年以上、兄弟の数は2.2人前後で安定していたが、2005年で2.09人に減少し、2010年には1.96人とついに2人を割り込んだ。

 そういった少子化に加え「子供の個性を伸ばせ!」だの、「褒めて育てろ!」だのといった“英才教育本”が普及し、親たちの「子への期待」は加熱。昭和時代はお父さんの指定席だった家庭の“主役”を子供が取って代わり、親からチヤホヤされて育ったのが平成生まれの若者である。

 彼らは「今日、学校はどうだった?」「勉強は?」「お友達は?」などと常に、親が先回りし、気持ちを察してあれこれ言ってくれるから、ゼロから話を組み立てる必要がない。いつも「自分」を気にしてくれるオトナがいれば、「はい」「いいえ」だけでコミュニケーションは成立するし、「今日はこんなことがあって、誰々ちゃんがこんなことをやって、僕はあれをやって」とひたすら言いたいことを発信すれば、伝わったとか、わかったかな?とか案じる必要はゼロ。