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 トヨタの会長だった奥田碩氏が、機会ある度に「解雇は企業家にとって最悪の選択。株価のために雇用を犠牲にしてはならない」と語り、経団連会長として「人間の顔をした市場経済」という言葉を掲げたのも、「長期雇用は日本株式会社の背骨」という経営哲学があったからではないのか。

 そもそも「終身雇用」という言葉の生みの親とされる米国の経営学者ジェームズ・C・アベグレン博士は、Lifetime commitment という言葉を用い、「企業は単なる市場労働の場ではなく、社会組織であり、共同体であり、そこで働く人たちが安全に暮らせるようにすることを最大の目的としている」と説いた(『日本の経営』1958年)。それは働く人を、非人格化していた米国の企業への警鐘でもあった。

 そもそも、会社=COMPANYは、「ともに(COM)パン(Pains)を食べる仲間(Y)」であり、一緒に行動する集団である。その集団の機能を発揮するには「つながり」が必要不可欠だ。

 Lifetime commitment(=長期雇用) は、いわば企業に内在する“目に見えない力”であるつながりを育むための時間と空間への投資であり、つながりが育まれることで、自分のプライベートな目的の達成を気にかける個人の集団ではなく、協働する組織が誕生する。

 私がこれまで講演会や取材でお邪魔した1000社を優に超える企業でも、高い生産性をキープし続けている長寿企業は、例外なく長期雇用を前提としていた。

雇用を生む仕事を作るのが経営者の仕事

 経済界で「終身雇用制度をやめるべし」という議論が出はじめた1990年代初頭にOECD(経済協力開発機構)が行った労働市場の調査でも、米国や英国では流動的な労働市場が成立している一方で、ドイツやフランスは、日本と同じように企業定着率の高い長期雇用慣行が形成されていることがわかっている。

 私の尊敬する経済学者であり、トヨタの研究でも知られる東京大学大学院経済学研究科の藤本隆宏先生も、「カネ、カネ、カネの経営は古い。経済の最先端は人だ」と断言し、「現場の人を大切にする、経営者は従業員を絶対に切らないように走り回る。仕事が無けりゃ、仕事を作るのが経営者の仕事だ」と、世界中の現場を見て回った経験を交え、明言する。

 つまるところ、問題は「長期雇用」にあるのではなく、長期雇用の利点を引き出すリソースを働く人たちに与えていないことが原因になっているのではないか。そう思えてならないのである。