世の中の不透明感に伴い、就活生の間では大企業志向がさらに強まっている(写真=shutterstock)
3~4年くらい前だろうか。その“予兆”は、既にあった。
大学で講義を終えたあと、数名の女性の学生たちに、「先生、OB訪問ってやっぱりした方がいいんでしょうか?」と相談を持ちかけられたのである。
当時は、エントリーシートの普及で一時激減していたOB・OG訪問がにわかに復活。企業側から大学にOB・OGが送られてくるなど、学生が直接話を聞く機会もわずかながら増えていた時期だった。
なので私は、「行った方がいいよ。実際に会社に行って、そこで働いている人たちの雰囲気を肌で感じることもできるし」と即答。
すると彼女たちは戸惑った表情で、「会社に行っていいんですか? OB訪問って外で会うものだと思ってた」と返したのである。
(以下、当時のやりとり)
「外で会うって……、OBって女性ってこと?」(河合)
「いいえ、男の先輩です」(学生)
「へ? なんで会社じゃないの?」(河合)
「会社じゃ言えないこともあるから、外でお茶したり、ご飯食べたりするんです」(学生)
「先輩からもその方が、会社の実態が分かるからいいよ、ってアドバイスされてます」(学生)
「う~む……二人っきりで会うの?」(河合)
「はい」(学生)
「でも、向こうは就業時間中なのよね?」(河合)
「土日とか……」(学生)
「仕事が終わってからとか……」(学生)
「いやぁ~、そんなのありえない。会社の中でだって、女性社員と二人で話すときは、外から室内をうかがえる窓付きの部屋にしないとダメなご時世なんだから、『会社見学もさせていただきたいので、会社に伺わせていただいていいですか?』って聞いてごらん」(河合)
といったやりとりをしていたのである。
その“OB訪問”で、ついに逮捕者が出たのは、みなさんご承知のとおりだ。
警視庁は2月18日、ゼネコン大手の大林組に勤める27歳の男性社員を、OB訪問に来た女子大学生にわいせつ行為をした疑いで逮捕。男性社員はパソコンを見ながら面接指導をすると言って、学生を自宅マンションに誘いこんだとされている(東京地検は3月16日までに、不起訴処分とした。理由は明らかにされていない)。
また、3月26日には、就職活動でOB訪問に訪れた女子大学生を居酒屋で泥酔させ、女子大生の宿泊先のホテルでわいせつな行為をした疑いで住友商事元社員の24歳の男性を逮捕。事件があったのは3月1日夜から2日未明にかけてで、被害者から住友商事側に被害の連絡があったため、6日に懲戒解雇されている。
きっかけはマッチングアプリ
報道によれば、どちらも、就活中の大学生とOBやOGをつなぐスマートフォンのマッチングアプリで知り合ったそうだ。
マッチングアプリは2017年ごろから急速に普及したもので、大手転職支援会社が自ら運営するものや、アプリ運営会社が就職情報会社との業務提携の下で提供しているものなどがある。やり方は実に簡単で、訪問を受ける側の社会人が登録すると自分の会社名や出身校が表示され、就活生がアクセス。条件が合えば個別にメッセージのやりとりが可能になる仕組みだ。利用料はなし。すべて無料だ。
登録している社会人のほとんどは企業側が公認しているユーザーだが、一部、“非公認”のボランティアユーザーと呼ばれる社会人も含まれている。大林組の事件以降、ボランティアユーザーを中止したり、面談のガイドラインを作成したりと運営側も対応に追われているようだ。
青春時代を“完全アナログ”で育った私の感覚では、たとえOB・OGといえどもアプリ上の情報だけで見ず知らずの先輩といきなり「会う」など到底理解できない。が、“完全デジタル”で育った若い世代にそんなわだかまりは一切ない。
中には「セクハラっぽいことを書いてきたから、ヤバイと思ってアクセスするのをやめた」という学生や、「アプリは怖いと聞いたことがある」と敬遠する学生もいるが、ブラック企業を過剰なまでに恐れる学生たちにとって、気軽にOB・OGとコンタクトでき、本音を聞き出すチャンスを得られるアプリはどちらかといえばメリットが大きいツールなのだ。
念のため断っておくと私はOB・OG訪問は賛成だし、自分が求める条件に合ったOB・OGとコンタクトを取れるアプリを利用すること自体は、悪いとは思っていない。
しかし、これだけSNSを通じたトラブルが頻発するご時世であれば、もっと慎重な運営をして然るべきだったのではないか。「あとは本人同士でひとつよろしく!」「あとは企業さんの方でひとつよろしく!」的な“甘さ”が多分にあったように思えてならない。
それ以前に、企業側は「自分の会社の社員が、その身分を利用して、“就活”をダシに学生と社外で会うこと」をどう考えているのだろう。
大林組は逮捕が報じられてから約2週間後の3月6日に、「OB・OG訪問の際の当社社員の対応について」「リクルート活動における行動規範について」と題された文書をHP上に公表しているが、事件の詳細に関しては何も書かれていない。
住友商事では事件後、リリース「当社元社員の逮捕について」を通じて謝罪したが、同社がくだんのマッチングサイトを運営する企業と提携し、約350人の社員が登録していた事実には一切触れていない(関連リリース「住友商事の社員 約350名が登録」)。
下っ端にも広がる「何をやっても許される」感
いずれにせよ、私は今回の事件にとてつもない憤りを覚えている。
就職希望先の社員と学生という圧倒的に差がある力関係の中で性的な関係を強要するなど、まったくもって言語道断。会社側は「未来の自分たちの仲間」かもしれない学生を、もっとしっかり守る必要があるのではないか。
今回の2つのケースがそうだったように、20代のひよっこ会社員がまるで「会社の採用担当者」のように振る舞い、「内定」という“人参”をちらつかせながら、会社の目の届かないところで学生たちと「個人的」に会うような行為を放置している事態は、まさに異常としか言いようがない。
SNS上では、女子学生の“わきの甘さ”を批判する声もあったけれど、それは全くのお門違いだと思う。
就職という大きな人生の節目で、学生たちはみな「ちょっとでもいい会社に入りたい」と必死だ。もちろん今の就活のあり方や、安定志向=大企業志向の高まりには、私自身異論はある。しかし、今回の事件はどう考えても悪いのは男性社員であって、女子学生ではない。
学生たちの必死さを悪用し、「大企業の会社員」という身分を利用し、卑劣な行為に及んだ側の問題であり、犯行である。
今回逮捕された男性社員たちは、企業名も出さず、個人の名前だけで、同じような卑劣な性的行為を女子学生に強要できただろうか? 自分が属する企業の社会的地位を、自分の価値と混同した末の悪事であることは紛れもない事実だろう。
いつの時代も、そういうモラルなき横暴な振る舞いをするのは、決まって社会的地位の高い輩である。
以前、米国のウーバーテクノロジーズで、215件ものセクハラやパワハラが疑われ、20人超が解雇されるという前代未聞の事件があった(関連記事:日本経済新聞「ウーバー、改革へ女性幹部スカウト セクハラ20人超解雇」)。当時のCEOトラビス・カラニック氏は「Aチーム」と呼ばれるハイパフォーマー軍団を側近にし、社長がお墨付きを与えたハイパフォーマーの横暴には人事部も手を出せず、黙認するしかなかったと報じられた。
私がいた“業界”にもそういう人たちはいたけれど、大抵それは、そこそこの役職に就く、組織階層の上階の輩だった。
そんないわゆる“特権階級”による「何をやっても許される」という“超勝ち組的トンデモ発想”が、大企業とはいえ、まだ20代の、組織内ではまだまだ下層の会社員にまで広がっているリアルを突きつけられ、私は薄ら寒い感覚に陥っているのである。
氷山の一角?
それに……、今回の逮捕は「ついに出た」とするのが正確な表現であり、“超勝ち組のOB”による学生への悪質なセクハラはかなり前から問題視されていた。そこでの「セクハラ」には自らの優位性を背景にした傲慢な視線があり、ちょっとわきが甘い、コミュニケーション下手の男性が、さしたる自覚もなくついうっかりやってしまう類のものとは大きく異なる(それはそれで許されない行為ではあるけれど)。
「エントリーシートを添削してあげる」だの、「面接のやり方を教えてあげる」だのと、LINEなどで個別に連絡を取り、学生を夜間に飲食店などに呼び出し、付き合わせる。「人気の大手企業の内定取りたきゃ、セクハラも我慢しなきゃならない」といった馬鹿げた噂まで、学生の間で出るほどだった。
つまり、あれだ。マッチングアプリの普及で“超勝ち組のOB”による悪質なセクハラがお手軽に行われるようになってしまったわけで、私が思うに、氷山の一角が明るみに出ただけ。誰にも相談できず泣き寝入りしている学生も少なくないのではないか。
「“一線”を越えそうなら、きっぱりと断ればいい」と批判する人もいるかもしれないけど、それって、そんな簡単なことではない。私のような“ジャジャ馬”でさえ、若い時分、電車の中で痴漢に遭った際には怖くて声を上げることができなかった。
理屈じゃない。「オトナ」という別世界の存在に、自分がターゲットにされることへの恐怖心。身体が金縛りにでもあったように身動きできなかった罪悪感。そんないくつもの怖さ、恥ずかしさ、悔しさから、自己嫌悪に陥り、行動不能に至り、ただただ我慢するしかなくなってしまうのである。
今となってはそんなウブな時代があったなんて……信じられないけど。
しかし、いったいなぜ、これほどまでに「何をやっても許される」と勘違いする大バカな若者が増えてしまったのか?
私は、世の中の不透明感に伴って強まっている、“大手病”とも呼ばれる学生たちの大企業志向が大きく影響していると考えている。勝ち組の椅子取り競争が年々激化する一方で、椅子を得た若造が勘違いし、結果的に“オレ様エリート”が増殖する……。
就職情報大手のマイナビが、2019年春卒業予定の大学生らに行ったアンケート調査では、「大手企業に就職したい」という回答が54.5%と前年調査より1.7ポイント上昇。特に、その傾向は男性に多く、「絶対に大手」と答えた男子の割合は文系、理系ともに女子の2倍近かった。その一方で、リクルートワークス研究所の調査によると、従業員数が5000人以上の企業の求人倍率は0.37倍と、狭き門だ(関連記事:日本経済新聞「『大手・安定志向』鮮明に、就活生意識調査 マイナビ」)。
希望していた中小企業に内定をもらっていた学生が、大企業に決まった友人に触発され改めて大手を目指した結果、「自分は何がしたくて、何を求めているのか……何が何だか分からなくなってしまった」と嘆いていたことがある。学生たちの中では、おそらく私たち“オトナ”が想像する以上に、「大企業に就職する」というだけで、自分と他者を隔てる特別感が作られているのである。
「会社の廊下でも、外の道路でも、真ん中を歩け!」
それに拍車をかけるのが、“上”の超特権階級の会社員である。
ある大企業に就職した学生が、研修会で「キミたちはえりすぐりのエリートだということを忘れないでほしい」と言われたと話してくれたことがある。「会社の廊下でも、外の道路でも、真ん中を歩け!」と。
話を聞いたときは失笑してしまったけど、要は「キミたちは最上級の階層に属する人間である」と言いたかったらしい。
っていうか、会社の廊下はまだしも、道路の真ん中歩いたら、車にひかれてしまうと思うのだが……。まぁ、そんなツッコミはこの際、脇に置いておこう。端的に言えば、会社のトップが自分の会社の新入社員に、「自分より“下”の属性をバカにしていい」とお墨付きを与えているのに等しい。
会社の知名度や規模、収入や役職、社会的地位などの“外的な力”は、人の生きる力を強め、満足感を高めるリソースであり、それ自体は何ら悪いものではない。問題は、外的な力を過信、偏重するあまり、内的な力を高めるのをおろそかにしてしまうこと。
本来であれば、絶好調なときほど、自分が恵まれた環境にいるときほど、誠実さや勇気、謙虚さや忍耐といった“内的な力”、いわば人格の土台に磨きをかける姿勢を大切にしなきゃいけない。
ところが、若いときから自分の給料では入れないような店を接待で使ったり、会社の名刺なしには会えない大物と接したり、下請け会社の年上の人から頭を下げられれば、外的な力を背景に、他者を軽んじるようになってしまう。そして、会社組織自体が、そうした姿勢をいさめ、修正する機能を果たせなければ、今回のような事件が起きても何らおかしくない。
組織の目の届かないところで、圧倒的に弱い立場にある学生たちと社員が「個人的」に会うような行為を容認し、放置していたことを、今回問題になった企業はどう考えているのか? そもそも、弱い立場にある人間への配慮が、根本的に欠けている。
今回の事件は男性社員によるものだが、これが女性会社員によるものだったとしても、当然、私の見解は全く変わらない。ここでしているのは、「男女」の話ではなく、立場の「上下」の話なのだから。
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