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「男脳」「女脳」の真偽

 実際、私は今回のサイトの翻訳をみたとき「へ~、そういう受け止め方もあるんだ」とえらく感心したし、女性部下とのコミュニケーションに悩む男性上司のヒントになったかもしれないと感じた。

 「個人差はあるにせよ、男の部下ならこれくらい言っても大丈夫だろうと思えるんですけど、女性の部下だと全くイメージがつかめなくて」と、長年男性部下だけと接してきた男性上司たちは、女性たちが想像する以上に女性部下に気遣っている。それを女性たちに話すと、「だったら直接聞いてほしい」(あれ? これ「男性トリセツ」と同じだ!笑)と答えるが、男性上司は直接聞くのもためらいがち。「セクハラになりやしないかと……」という懸念をぬぐいきれず、ビビってしまうのである。

 と、またここで「別に男性の肩を持っているわけではありませんけどね」と念を押しとかないと、「河合薫は女の敵だ!」だの、「男にすり寄っている」だの批判されかねない。嗚呼、なんと難しい世の中なのだろう。

 「掲載する情報には充分に注意を払っていますが、その内容について保証するものではありません」ならぬ、「掲載するコラムには充分に注意を払っていますが、その内容については、あくまでも河合薫の個人的見解であり、万人に共通することを保証するものではありません」と注釈を入れた方がいいのかもしれない。

 話がちょっと横にそれた(笑)。今回の炎上騒動に話を戻すと、コンテンツの前提が「男性脳と女性脳の違いによりコミュニケーションのすれ違いが起こる」となっていた点が、ことをよりややこしくした気がしている。

 研究者の端くれとして念のため言っておくと、以前、「男らしい!順大不正入試「女子コミュ力高い」論」でも書いたように、近年、脳の男女差を否定する調査結果が相次いでいる。

 脳科学研究が始まった頃は「脳梁が男性より太い女性は、男性に比べ、自分自身の感情を素早く言語化できる」とされていたが、その後、男女の脳にはいくつか異なる特徴は認められるものの統計的な分析をすると有意差はない――というのが定説になりつつある。「男脳・女脳」と、あたかも性差があるように印象づけるのは言い過ぎである。

 とはいえ、世間は「神経神話」が大好き。「右脳・左脳」「脳に重要なすべては3歳までに決定される」「我々は脳の10%しか利用していない」といった話も、実は、科学的根拠は極めて乏しい。なのに人はそれを信じ、納得し、拡大解釈する。特に「男性と女性の性差」にまつわる問題は、どんなに研究者が否定したところで、人は「わずかな異なる部分」に無意識に反応する。でもって「やっぱりそんなんだよなぁ〜」とドラマチックに受け止められてしまうのだ。

 世界的な大ベストセラー『Why Men Don't Listen and Women Can't Read Maps 』(邦題『話を聞かない男、地図が読めない女-男脳・女脳が「謎」を解く』)には遺伝子で性差を語る記述がいくつもあるが、これも実際には非科学的。遺伝子と環境との相互作用のメカニズムに関する研究が蓄積されて分かったのは、その複雑さだ。「影響はあるけど遺伝子がすべてを決めるわけではない」のである。