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「官僚叩き」では解決しない

 一方で、周囲から批判されるような所得の高さは、社会的地位を向上させる。要するに「社会的地位=自己の価値」という勘違いが、無責任で自己中心的な「オレ様官僚」を生む土壌となる。

 と同時に、人数が減れば、必然的に権力は一部のスタッフに集中することになる。担当業務の外部受注が増えれば、権力あるところには「ひとつよろしく!」と擦り寄ってくる企業も増えるだろう。勘違いは一層増幅する。

 そうして生まれた「オレ様官僚」は、「組織のため」と言いながら自分のために権力を行使する前例好きな「大ジジイ(上司)」にしがみつく「粘土層」となり、分厚い地層に守られた権力者の影響力はますます巨大化する。

 やっかいなことに、人は権力を批判するくせに、権力を好む性癖を持つ。部下が権力のある上司を好む傾向が高いことは、いくつもの調査研究で確認されている。やがて権力者は、“忖度”を得意技とする部下により、“裸の王様”になっていくのだ。

 つまり、「行政改革→公務員の人員抑制→給与の安定+特権階級意識の醸成」という流れの中で、冒頭の報告書で触れられていたような「責任感・当事者意識の欠如」「健全な議論をせず内外の権威に必要以上に気配りする組織風土」「硬直化した人事慣行」といった“病い”が慢性化し、結果として不正や問題行動につながっていくのだ。

 ……ふ~っ。

 なんだか書いているだけでうんざりしてきたが、そういう環境でも、責任感を持ち、「おかしいことはおかしい」という感覚を失うことなく、必死に耐える官僚はいる。彼らは逆に追い詰められ、場合によっては悲しい選択を余儀なくされる。

 以前「森友問題の病根は“狂った職場”で増殖する」で書いたように、異常な状況が、変わることなく引き継がれていくのである。

 恐らく、「無駄の削減=公務員の削減」という“単純信仰”の下では、“狂った職場”はなくならない。人は環境に大きく影響を受けるのだから、どんなに官僚叩きをしたところで、問題の根本的な解決には至らないのではないか。

 行政の無駄とは、一体何なのだろう? すぐに答えは出るものではないかもしれない。ただ、いかなる「悪事」も、それを引き起こす元凶も同時に掘り起こさないと、結局は現場の弱い立場の人にしわ寄せがいくと思い、今回のコラムを書きました。