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医師の残業時間上限は「過労死ライン」の倍

「下の娘が医師なんです。産婦人科です。本人は産婦人科が激務だってことは承知していたみたいですけど、親からすれば異常な働き方です。私は一般企業に勤めているので、産科の方が女性医師が多いので育児と仕事も両立しやすいのかと勘違いしてました。

 とてもじゃないけど、あれじゃあ、育児なんて無理ですよ。

 だって、女なのに、あ、こういう言い方したらいけないのかな? でもね、やっぱり女なのに夜勤はしょっちゅうで夜中に呼び出されるのは日常茶飯事だし、そのまま翌日は勤務しているし、すべてが時間外勤務を前提にしている。不満があっても上司に物申すのはキャリアに傷がつくとかで、我慢するしかない。

 患者さんからは何かにつけ怒られ、感謝されることは滅多にない。時間外勤務のペイもないですからね。患者さんのこと考える前に、娘には自分の体を考えてくれって言ってます。

 そもそも勤務時間を管理するという発想が医師にはないんです。

 医師の働き方改革に関わっているのって、偉いお医者さまばかりでしょ? 自分たちは特別な存在だという意識が強いんですよ。だから周りの声が届かない。会社でもそうでしょ? うちの会社も今でこそ残業をタブー視するようになりましたけど、ちょっと前までは『残業するほど仕事があるなんてうれしいじゃないか』とか平気で言ってたし、何かというと『最近の日本人はヤワになった』とか言ってましたからね。

 長時間労働やパワハラやセクハラが問題になると、時代が許さなくなったっていうけど、時代が変わったからタブーになったんじゃないですよね?

 今も昔も人間は人間でしょ? 昔だって過労死していた人はいたし、過労自殺した人だっていたはずです。そうですよね? 

 “お医者さま”幻想を捨ててもらわないと、若い命が潰されます。うちの娘も他人事じゃないです」

 ……“お医者さま”。なんと罪深い言葉なのだろう。

 真剣に医療に取り組んでいる“お医者さま”には申し訳ないけれど、職業意識が高ければ高いほど、社会的地位が高ければ高いほど、「僕たちのルール」は強固になる。「人の命を預かる特別な仕事なのだから、身を削って働いて当たり前」「いい医者になるなら、寝食を忘れて働くことも大事」「自分たちの仕事を、一般の人たちと同じルールで考えてもらっては困る」――。

 先日、医師の残業時間上限を「年間1900~2000時間とする」という驚愕の制度案を厚生労働省が提示したが、これも、“僕たち”のルールを重んじた結果だ。

 一応「地域医療に欠かせない病院に勤務する医師に限って」という条件付きだし、2035年度までという期限付きだし、終業から次の始業まで最低9時間休息させ、連続勤務を28時間までに制限する健康確保措置を義務づけるとされているけど、年2000時間がどういう数字なのかよく考えてほしい。

 月に換算すると167時間、週に38時間の残業が許されるってこと。いわゆる過労死ラインの倍。実際の世界で、過重労働により若い医師の命が奪われているという現実が軽んじられているようで、釈然としないのだ。