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厚労省は、医師の残業時間上限を、最大で「年間1900~2000時間とする」という制度案を提示した(写真=shutterstock)

 「“お医者さま”が“お医者さま”である以上、長時間労働も減らなきゃ、女性医師も増えない。ましてや孫の顔を見るなんて夢のまた夢」

 こう話すのは、医師のお嬢さんを持つ60代の男性である。

 先日、女性活躍をテーマにした懇談会があり、「女性医師の4割超が出産と同時に退職を余儀なくされている」と大手新聞が報じたことが話題となった(関連記事)。その理由として、育児休暇を取得しようにも「制度がなかったから」という声が少なからず聞かれたことには、なんとも驚かされた。

 「女性の更衣室がなかったので、今作っているんです!」とか、「役員フロアに女性用トイレがなかったので、今作ってるんです!」という話は聞いたことがあるが、法的に取得が認められている育休がないって?いったい何??

 「医師が労働者なのかと言われると違和感がある。そもそも医師の雇用を労働基準法で規定するのが妥当なのか」と日本医師会の横倉義武会長が発言し、問題になったことがあったが、“医師=聖職者”は育児をしないということか。

 なんてことを私がブツブツ言っていた時に、前述の男性が「うちの娘も……」と切り出し、所詮“お医者さま”と、医師の世界を嘆いたのである。

 むろんこの男性は皮肉を込めて“お医者さま ”という言葉を使っていたわけだが、今の時代、この言葉に対して違和感を持つ人が少なくないかもしれない。

 なんせ何年も前から患者が“患者さま”になり、一方で、人の命を預かる責任の重さ、過労死ラインを超える長時間労働、深夜勤務、患者や家族とのデリケートな人間関係などなど、過剰なストレスの雨に追い詰められている医師は極めて多い。「人の命は重いというけど、医師の命は別か?」と嘆く人たちもいる。

 中でも研修医の労働環境は過酷で、研修開始後に抑うつ症状を訴える割合が20%近くになるとの報告もある(「初期研修における研修医のストレスに関する多施設研究2010-12」)。

 その一方で、私の両親の世代にとってはまぎれもなく“お医者さま”。父が入院したときには、普段は結構傲慢な父が(苦笑)、担当医に対してだけは私たち家族が驚くほど敬意を持って接し、その言葉を絶対的に信頼し、驚いた。

 いずれにせよ、過去30年間で社会のルールも規範も大きく変わり、“お医者さま”を取り巻く環境も様変わりした。にもかかわらず、「過去の威光や幻影」から逃れられない人がいて、それが「現場の涙」につながっていると男性は憤っていたのである。

 とはいえ、これは医師の世界に限ったことではない。一般企業でも現実と乖離した感覚をお持ちの“社長さまや会長さま”はいまだにご健在である。

 というわけで、今回は「現場と上を隔てるモノ」についてあれこれ考えてみようと思う。

 まずは冒頭の男性のお話からお聞きください。