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「報われている感」の喪失

 たかがカネ。されどカネ。

 今の日本の大きな問題は、あらゆる場面で「報われている」という感覚が持てないこと。20年以上賃金が上がっていない状況は、当然、「報われている感」の喪失につながる。

 この感覚の背景にあるのが「賃金公平感」だ。これは「自分が要求できると考えている金額が支払われているかどうか」に相当する感覚で、世間の相場など他者との相対的な比較によって決まる。私たちは「もっとお金があれば幸せになれる」としばしば考えるが、「お金があるからといって幸せとは限らない」。賃金公平感こそが、職務満足感や幸福感をも大きく左右するのである。

 これまでの「賃金公平感」に関する研究は、同じ職場、同じ産業、同じ年齢など自分が所属する(あるいはした)集団間での相対的賃金比較が、個人の幸福感や満足感へどう影響するかを検討するものが中心だった。しかし、近年は、自分が所属しない集団との比較や、他者ではなく「過去の自分」や「未来の自分」との比較が大きく影響しているという論説が増えた。

 その中の1つ、京都大学名誉教授の橘木俊詔氏らの調査結果がとても興味深いので紹介する(橘木俊詔科研調査2012)。

 この調査では、比較対象を「過去の自分」「未来に予想される自分」「本来あるべき自分」「職場の同僚や知人」「学生時代の同級生」「親戚・親族」「近所の人」「テレビ、新聞、インターネット、書籍などで知った人」「平均的な日本人」に分類し、対象者に「あなたが今の所得が高いか低いかを評価するときに、もっとも比較しやすい対象」を選んでもらった。

 その結果、トップは「過去の自分(27.2%)」、次いで「平均的な日本人(25%)」「職場の同僚や知人(18%)」「本来あるべき自分(11.9%)」「学生時代の同級生(10.2%)となった。

 つまり、役職定年になった人がよく、「これからはさ、どんなにがんばっても給料はビタ一文上がらないんだぜ」と、口を尖らせ、やる気を失っていくのは、「過去の自分」との比較に加えて、「本来あるべき自分」とのギャップによると考察できるのである。

 橘木氏らの研究では、こうした比較対象が個人の幸福感に及ぼす影響を分析するとともに、本人の所得そのものと幸福感との関連性も調べた。その結果、個人の幸福感に強く影響を及ぼすのは本人の所得だった。一方、比較対象の所得が高いと幸福感は下がり、その効果は「本人所得と幸福感の関連性ほど大きくないものの、統計的に十分に確認できるものだった」のである。

 賃金は上がらない、これから上がる見込みもない。その一方で、人生100年時代を迎え寿命は伸びるばかりだ。

 もし、もし、本当に「だってあげるカネがないんだもん!」というならわかる。だが、日本企業の内部留保はこの15年で倍以上に増えて446兆円超になり、そのうち221兆円を現預金が占める(2017年度「法人企業統計」)。また、経常利益は11.4%増となったが、設備投資は5.8%増、人件費は2.3%増にとどまった。

 なので経営者のみなさま、賃金をきちんと上げてください。もっともっと上げてください。安倍首相どもども、強く、強く、お願い申し上げる次第である。

 なんだか「勝手に1人春闘!」になってしまったが……要求を受諾していただけないと、会社の繁栄はありませぬぞ。