北京で冬季五輪を開催しているそうだが、今大会はコンマ1秒たりとも視聴していない。
 自分の内部に興味が湧き上がってこないからだ。

 元来、ウィンタースポーツは大好きだったはずなのだが、残念なことだ。

 ジャン・クロード・キリーやアルベルト・トンバが活躍していた時代、私は、それこそテレビ画面に張り付いて競技を注視していた。それが、いつの頃からなのか、足を骨折したり何だりして、自分がゲレンデを滑ることのかなわぬカラダになってみると、雪上の競技全般に真剣なまなざしを向けることができなくなっている。

 わがことながら、なんと了見の狭い態度だとは思うのだが、関心が持てないことばかりはどうしようもない。

 人間は、どうやら、年齢を重ねるにつれて、了見が狭くなっていくものであるらしい。意外な発見でもあれば、悲しい気付きでもある。
 トシを取ることで人格の幅と視野を広げていくタイプの人もいるらしいのだが、残念なことに、私はあんまりそういうサンプルに出くわしたことがない。

 トシを取ると、たいていの人は偏屈になる。私はそう思っている。

 ただし、年齢を重ねた人間が偏屈さを身につけることは、必ずしもネガティブな変化ではない。
 老人が、世間を狭くして、自身の視野を狭窄させていくのは、他に選択肢のない、一種の防衛本能なのだろう。

 こうした変化は、より若い世代の目から見れば、たぶん「老害」のひとつということになる。そんなふうに言われるであろうことは自覚している。

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この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。