書くことがない。

 ……という、このとっておきの書き出しを繰り出すのは、職業的なライターとして出発して以来、はじめてのことなのだが、いつか奥の手として使ってみようと思っていた。

 結果的に文字として書き記される文章の内容は、「書く」という具体的な動作の必然として自然発生的な偶然を含んでいる。
 これは本当のことだ。

 原稿を書く人間のご都合主義だと思うかもしれないが、歩くという行為に目的地が不要であるのと同じく、書くという動作を開始するために必ずしもテーマは不可欠ではない。

 通常、私は、連載のためのテキストを書き始めるにあたって、ある程度の目算と意図を持っている場合が多い。しかしながら、実際に書き終えてみると、当初思い描いていたのとは違う場所に着地するケースが少なくない。こんなことが起こるのは、書いている間に構想が変わってしまうからだ。そして、これは自分にとっても意外なことなのだが、「書く」という行為の中から偶然立ち現れるその「変更後の執筆プラン」の方が、書き始める以前に構想していたアイディアよりも優れているものなのである。

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この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。