8月の半ばまで、3週間ほど入院した。
 退院してみると、驚くほど歩けなくなっている。
 思い出してみると、このたびの入院に先立つ6月の半ば過ぎ以来、体調に不安を感じていた。そこのところから起算すると、およそ2ヶ月にわたって、私は、ろくに外出することもかなわず、部屋の中に閉じこもりきりで過ごしていたことになる。
 と、現金なもので、すっかり体力が落ちている。
 足腰の筋力もさることながら、心肺機能が目に見えて衰えている。であるから、少し歩くと、たやすく息が切れてしまう。
 そこで、8月の下旬からこっち、意識的に歩くことを決意している次第なのだが、いかんせん残暑の戸外はあまりにも暑い。しかも都内の街路と店舗は、コロナ禍とパラリンピックのはさみうちで、正常に機能していない。
 なので、夜中に歩くことにした。
 夜になれば、暑さも多少はやわらぐ。
 それに、9月の声を聞いてから、吹く風にも、心なしか秋の気配が感じられるようになってきている。

 問題は、真夜中におっさんが町中を徘徊することの不穏さだ。
 ごぞんじのとおり、21世紀の時代思潮は、中高年男性による深夜の単独歩行を許容しなくなっている。
 いや、世間の目から見て、私はもはや「おっさん」というよりは「年寄り」に分類されているのかもしれない。
 どっちにしても、事情はそんなに変わらない。
 おっさんであれ、じいさんであれ、真夜中に平和な街路をうろつき回って良いキャラクターではない。うちの国の市民意識は、きわめて偏狭な方向に研ぎ澄まされつつ、今日に至っている。

 そんなわけで、夜の9時を過ぎた時刻に町中を徘徊する折には、なるべく嫁さんと連れ立って歩くことにしている。とはいえ、無目的に歩くことはできない。われわれは、行き先を定めずに歩くことを楽しめる年齢をとっくに過ぎてしまっている。仕方のないことだ。
 そこで、近所にある24時間営業のスーパーマーケットをとりあえずの目的地に定めることにした。これでようやく歩き始めることができる。
 かくして、8月の終わり頃から、ほぼ毎日、若干の遠回りをまじえながら、目的地である24時間営業のスーパーに立ち寄って、トマトだの牛乳だのを買って帰る散歩を日課としている。
 ここまではまあ、まあ、あたりまえな話だ。
 牧歌的なエピソードであると申し上げても良い。

 ところが、昨晩、いやな事件が起こった。
 この1週間ほど、私は、件のスーパーに到着するや、1階のセルフレジ近くにあるベンチに腰掛けて、比較的長い休憩をとることが習慣化していた。
 ショッピングそのものに興味がないのもさることながら、スーパーに到着する頃には、すっかり息があがっているのが常だったからだ。
 ついでに申せば、その24時間スーパーは、日々の歩行の目的地で、私個人の心の中では
「到着」
 という気分を抱かせる場所だった。
 であるから、私は、嫁さんが地下と1階の売り場を歩き回って商品を物色している間、ベンチに座って、ひとりしずかに、その日一日の歩行実績の達成をことほいでいたわけなのだ。
 そういう繰り返しが1週間ほど続いた。

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