東京五輪・パラリンピックと新型コロナウイルスの話題は封印するつもりでいた。
 説教くさい原稿を書くのがいやだったからだ。
 運動競技に精通した有識者でもなければ、医学疫学の専門家でもない私のような書き手が、五輪開催の可否や、COVID-19の感染拡大をネタに、上からものを言う形で書く原稿を、ぜひ読みたいと思ってくれる読者は、たぶんそんなに多くない。

 ただでさえ、この国のテレビ視聴者は、時間枠ブチ抜きの情報番組の中で、半端な芸人や口達者なタレントが断定的な口調でまくし立てる説教を、なんだかんだで丸一年以上聞かされ続けている。
 だとすれば、私のような知名度さえろくに持っていない素人が、テレビ有名人の説教に屋上屋を架す愚行は、全力で回避せねばならない。

 とはいえ、そうした事情は十分に理解した上で、私は、読者にとって有益であるのかどうかはこの際度外視して、私個人の精神衛生のために、コロナ禍におけるオリパラの開催について、見解を表明しておきたいと思っている。
 もう少し卑近な言い方をすれば、私は、現今の状況を黙って見過ごすことのストレスに耐えられなくなったわけだ。

 なので、これからここに書く文章は、読者のためのテキストではない。
 読みたくない人は、このままウィンドウを閉じるのが良いと思う。共感できない記事を読むよりは、五輪応援用の日の丸の小旗を自作する作業にでも没頭した方が、よほど有益な時間を過ごせるはずだ。

 本題にはいる前に、五輪ならびにパラリンピックの各競技への現時点での私の個人的なスタンスを明らかにしておく。
 私は、今回のオリンピックゲームズを観戦する気持ちを持っていない。
 というのも、人間の時間は有限だからだ。
 私の余暇時間は、6月中旬以降、メジャーリーグの野球(主に大谷翔平選手が出場する最新のゲーム)と、サッカーの欧州選手権(日々のダイジェスト映像と真夜中に放映されるライブの試合)を視聴するミッションのために、ほぼ消費され尽くしている。
 これに、週末ごとのボクシングと、YouTube経由で三々五々配信されてくるサッカー南米選手権の最新ゲーム映像が加わる。
 そんなこんなで、私はすでにオーバーフローしている。

 なので、五輪関連の情報は、むしろ意識的に遮断している。私がそうしている主たる理由は、代表チームの選手選考や直前合宿の様子を伝えるテレビのキャスターの表情のわざとらしい明るさに耐えられないからだ。
 画面のこちら側から観察していると、NHKのアナウンサーが、ふた月ほど前から、レギュラーのニュースを伝える時とはまったく別の、世にもうれしそうな顔でオリンピックの情報を伝えるマナーを身に付けていることが手に取るようにわかる。彼ら彼女らは
「上野動物園のパンダに赤ちゃんが生まれました」
 という第一声を伝える時とまったく同じ法悦の表情で、選手村が報道陣に公開されたニュースを伝えている。
「いよいよですね(はーと)」
 というわくわく感を最大限に演出しながら、だ。

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