体調が良くない。
 3日ほど前から寝てばかりいる。
 商業媒体に連載コラムを寄稿している書き手が、自身の体調の低下をいちいち読者に訴えるのが、ほめられた態度でないことは承知している。
 しかし、今回は、大坂なおみさんにならって、ネガティブな個人情報をありのままにお知らせしておくことにする。

 たぶん、コメント欄には
「甘えるな」
 という趣旨の書き込みがいくつか並ぶことになるだろう。
 しかし、甘えない人間は、コラムを書き上げることができない。というよりも、自分を甘やかすことをしない人間が執筆したテキストは、甘やかされる必要を持った経験のない読者にしか届かない。とすれば、そんな血も涙もない原稿は、そもそも書かれるべき価値を持っていないはずなのだ。

 長い間連載を続けるうちには、体調のすぐれない時期もある。常に理想的な状態で執筆に臨めるわけではない。あたりまえの話だ。
 そんなわけなので、今回は、短めに仕上げるつもりでいる。

 大坂なおみさんが、全仏オープンテニス出場選手の「義務」とされている記者会見への出席を見合わせるに当たって、自身のうつ状態(彼女が使った“depression”という言葉を、そのまま診断名としての「うつ病」という言葉に直訳するのは、ちょっと違うと思う。「うつ病告白」という見出しの立て方にも、違和感を覚える)を明らかにしたことについて、一部のメディアや論者は
「勇気あるカミングアウト」
 という理路で賞賛していたりする。
 私は、このもってまわった賞賛のしかたにも違和感を覚えている。
「撤退する勇気」
「弱さを認める強さ」
 といった調子のお決まりの言い方は、一見、「弱さ」や「撤退」を容認しているようでいて、実のところ、強引な逆説の力でそれらを「強さ」「勇気」に変換して見せる一種の詭弁だ。

 本来なら、弱さそのもの、何かを断念する態度そのものを、ありのままの現実として受け止めてあげないと、それらを容認したことにはならない。
 ところが、スポーツマスコミならびにスポーツのファンは、アスリートとして活動している人間の弱さや諦念を決して認めようとしない。
 だからこそ、彼らは
「自分の弱さを直視するためには強さが必要だ」
「キャリアをあきらめるためには並外れた勇気が必要だ」
 式の理屈を並べ立てて、アスリートたちをあくまでも強靭なスーパーヒューマンの位置におしとどめておこうとする。

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