問題は、スポーツ記者の繰り出すFAQ(フリクエント・アスクト・クエスチョン)がおよそ陳腐きわまりないことと、それに対する選手の回答がバリエーションを欠いているということで、それ以上でも以下でもないのだろう。
 ただ、この10年だか20年だかの間に
 「スポーツ」
 の定義が、いつの間にやら
 「選ばれた人間であるアスリートが、被災地で苦しんでいたり不景気でしょんぼりしていたり、失業してクサクサしていたりする凡庸でありふれていてこれといった長所もありゃしない一般人に夢や勇気や感動を与える仕事」
 に変質してしまっているきらいはどうしても感じないわけにはいかない。
 「アスリートに勇気をもらう」
 「スポーツに感動をもらう」
 「金メダルに夢をもらう」
 という感じの物乞い根性のような思い込みが、スポーツ選手のみならず、われら一般人の間にも広く共有されてしまったことが、つまりは、震災以降のこの10年における最も残念な変化だったわけだ。

 そして、感動や勇気を、スポーツ観戦の景品みたいに無造作にやりとりしてきたその先に、現今のこの五輪商売の頽廃が広がっているわけなのである、と、少なくとも私はそう思っている。
 そこへ持ってきて、五輪を主導する企画演出者たちは、子供たちを、無観客競技を盛り上げる演出上の背景として動員するのみならず、五輪に向けた国家的な一致団結ムーブへの参加体験を通じて、彼らを「教育」しようと目論んでいる。
 私は、このけしからぬたくらみに非常に大きな懸念を抱いている。
 職業的に子供を扱う人間たちの中には、教室にいる児童・生徒を、
 「集団的にコントロールできる手駒」
 として利用する機会を常にうかがっている者がいる。

 自分が子供だった時代から、私は、いつもこのことを強く警戒していた。
 「あいつらは、オレを利用するつもりでいる」
 ということを、私は、片時も忘れない子供だった。
 だからこそ、私は、いまもって子供を持ち出す大人を信用しない。
 大人になるということは、子供でなくなるということではない。
 大人になった私の内部では、子供だった年頃の私が重層的な記憶として常に活動している。なんというのか、64歳になった現在でも、私の中には8歳の時の私や、13歳段階の自分が、生きて呼吸をしていて、それぞれにものを考えて、喚き散らし、時には泣き叫んでいるのである。
 で、その私の内部にやんわりと保管されている子供時代の私が、このたびの五輪組織委による動員案件に猛然と反発している次第なのだ。