東京でも桜が咲き始めた。
 毎年、この時期はせわしない気持ちになる。
 ただ、今年は少し風向きが違う。
 首都圏の1都3県に、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令されているからだ。

 とはいえ、時期が来れば桜は咲く。
 そして、花が一斉に咲き始めると、私たちは、必ずや落ち着きを失うことになっている。
 今回は、日本人の季節感を振り返りつつ、そのわれわれの季節感の特別さと新型コロナウイルス対策の関係について、いささか勝手な見立てをご紹介するつもりでいる。

 菅義偉首相は、17日の夜、記者団に向けて、首都圏の1都3県に出されている緊急事態宣言を、再延長後の期限通り、3月21日限りで解除する方針を明らかにした

 むずかしい政治判断であったことは想像がつく。
 首都圏の飲食店や観光業者は、先の見えない営業自粛に食い扶持を召し上げられている格好だ。こんな状態をいつまでものんべんだらりと続けていて良いはずはない。政府の首脳が、どこかの時点で見切りをつけるべきだと考えたことは、十分に理解できる。
 しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大は収束していない。
 むしろこの10日ほどは、緊急事態宣言の期間を延長しているにもかかわらず、感染者数は微増のトレンドで推移している。
 してみると、いまここで宣言を解除してしまうことは、相応のリスクを伴う決断になる。政府はこの時期にあえて宣言を解除する理由を、どんな言葉で説明しているのだろうか。

 報道をチェックすると
《閣僚の一人は16日、「宣言の効果が薄れている。解除で一度、仕切り直さないといけない」と述べた。》
《「感染者数や病床の使用率といった数字が解除の方向に入っているということだ」(菅総理)》
《また、政府関係者は、「みな、疲弊しており、このままでは次の波が来た時に頑張れない」と述べ、これ以上宣言を延長しても、自粛疲れなどで十分な効果が見込めないという認識を示しました。》
 と、談話レベルの話は伝わってくるものの、然るべきチャンネルを通じて、決定的な理由が明らかにされているわけではない。

 というよりも、メディアを介して伝えられている情報を総合すると
 「あきらめた」
 「投げ出した」
 というニュアンスすら感じ取れる。

 これはこの種の施策を告知するやり方として、とてもよろしくないと思う。
 少なくとも私は
 「成績の上がらない中学生が勉強をやめる時の言い草そのものじゃないか」
 と、思った。

 仮に宣言を解除して、これまでとは違う、新たな感染防止対策を打ち出すことになるのだとしても、国民に向けたアナウンスの仕方は、もっと工夫しないといけないはずだ。
 「効果が上がらなくなった」(←これまでの施策は無意味だった)
 「自粛疲れが出ている」(←もう無理だよね)
 「ゆるみが出ている」(←国民の努力不足にばかり責任を求めてもねえ)
 みたいな言い方は、ストレートな自己否定に聞こえる点でよろしくない。

 政府の側にそういう意図が無いのだとしても、上からの発表を
 「われわれは、これまで無駄な我慢をしていました」
 という告白として受け止める国民は、必ずや一定数あらわれる。

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この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。