4月になると、身の回りの環境が一新される。
なので、わたくしども日本人の身体感覚は、一年のはじまりの起点を1月よりも、どちらかと言えば4月に置いている。
なにより、桜が咲く。
また、新しい「年度」は、毎年、4月からはじまる。
学校の入学式も、企業の入社や人事異動も4月に割り当てられている。
で、わたしたちは、師走(12月)の年末感よりもむしろ切実な「期末感」(あるいは「グランドフィナーレ感」)を胸に、毎年、この3月というこのあわただしい一ヶ月を過ごすことになっている。
それゆえ、3月の日本人はわりと感傷的になりがちでもある。
これは、悪いことではない。
私は、事情が許す限り、残された時間を、なるべく感傷的な人間として過ごしたいと考えている。
笑いたい人は笑えば良い。
感傷を笑う人間は、いずれ自分自身の乾いた心を持て余す時間に直面する。その時に涙を流しても遅い。涙はいつもタイミングを逸している。
ややセンチメンタルな話をする。
この連載コラムは、2008年の10月にスタートした。
当初は、毎週、インターネットの中からひろってきた新しい(あるいは「気になる」)言葉をネタに、無駄話をするはずになっていた。「ア・ピース・オブ警句」というタイトルも、そういう気持ちを込めたものだった。
要するにコラムなんてものは、一個の人間の思想の一断面である警句のそのまた断片に過ぎないのだぞ……という。
それが、震災をはさんで12年以上続くうちに、いつの間にやら、七面倒臭い時事コラムに変貌してしまっている。このこと(コラムの趣旨が変質したこと)を、私は、折にふれて反省している。本来、オレの仕事って、もっと軽率なものだったはずだよな、と。
そんなわけなので、今回は、ひとつ原点にかえって、気になる言葉をひろいあげつつ、あれこれ雑談をするつもりでいる。
最近気になった言葉といえば、菅義偉首相が、先日の司会者抜きの「ぶら下がりスタイルの記者会見」(←いや、本来、ぶら下がりの記者の質問への回答は「会見」と呼ばない。だから、この言い方が奇妙であることは承知している。でも、実際、あの「ぶら下がり応答」は、異例な「会見」だった)の中で、しきりに繰り返していた
「……ではないでしょうか?」
という語尾だ。
菅首相の通常の会見では、前の安倍晋三政権以来の伝統として、一人の記者の質問をひとつに限るレギュレーションが貫徹されている。これは、一見、多くの記者に平等な質問機会を提供すべく考案された措置であるように見える。しかしながら、現実には、一人の記者にひとつの質問しか許さないこのスタイルは、もっぱら回答する側に逃げ場を提供する結果をもたらしている。
質問をする記者の側からすると、回答が曖昧だった場合に細部を問い質す「更問い」(←「二の矢」に当たる質問)を発することができない。それゆえ、対話が尻切れトンボになる。当然だ。網を振る回数を1回に制限されたら、どんな名人であっても、そうやすやすとはトンボを捕れないはずだ。
回答する側(つまり菅首相)としては、最初の質問に対して、曖昧であれズレ気味であれぞんざいな捨て台詞であれ、とにかく何らかのひとまとまりの言葉を投げ返しておけばそれでOKということになる。
菅首相の
「……ではないでしょうか?」
は、期せずして更問いを許すことになってしまった(←司会進行役の山田真貴子前内閣広報官が入院していたので)ぶら下がり会見の中で出てきた言葉だった。これは、形の上では、「質問に対して質問で回答する」挑発的な対応と似ていなくもない。
しかし、菅さんは、記者に質問を投げかけていたのではない。
彼が連発していたのは、むしろ「反語」だった。
「どうして◯◯であろうか? いや、◯◯ではない」
という、高校の漢文の授業で習ったあの「反語」だ。
「どうして8月に雪が降るとあなたは言うのでしょうか(←降るはずがないじゃないか)」
「私に死ねと言うのですか(←死ぬわけないだろ)」
「落ちた学校の入試問題なんか解いてなんになるんだよ(←なんにもなりゃしねえだろうが)」
というアレだ。
用例を見ればわかる通り、反語を持ち出す人間は、一見質問に見える言葉とは裏腹な回答を、あらかじめ自分の中に持っている。
菅さんが、あの日
「◯◯です」
と言えば良いところで、いちいち
「◯◯なんじゃないでしょうか」
という言い方でいちいち唇を尖らせていた理由は、
「2たす2はいくつですか?」
みたいなバカな質問を浴びた人間が、
「4です」
と素直に答えることをせず
「4ではないのでしょうか」
あるいは
「もしかして、あなたは、4以外の答えを私に期待しているのでしょうか」
みたいなひねくれた用語法を選びたくなる心理と遠いものではない。なんというのか、要するに、菅さんは苛立っていたのである。
「うるせえな◯◯に決まってるだろうが」
「◯◯だって、常識で考えれば誰にでもわかりそうなことをオレにあえて質問してるおまえはバカなのか?」
と、だからこそ、彼は、あの皮肉な語尾を繰り返していたわけだ。
さてしかし、内心の苛立ちをテレビカメラの前で露呈することは、普通に考えて、一国のリーダーとして、その適格性を疑われても仕方のない所作であるはずだ。
なのに、菅さんは、怒りや苛立ちの感情をオモテに出してしまう。
なぜか?
おそらく、彼のこれまでの政治家としての経験の中で、感情をオモテに出すことが効果的だったからなのだろう。
これまで、総務大臣から官房長官を経て内閣総理大臣の地位に上り詰めるまでの短からぬキャリアの中で、菅さんは、自分自身の内心の苛立ちや怒りを、表情や仕草や言葉に出してみせることで、周囲の人間を威圧恫喝脅迫制圧し、屈服させ萎縮させ帰順させ忖度させてきた。つまり、伝家の宝刀たる「スガ睨み」は、彼の出世の武器であり切り札だったわけなのだ。
菅さんは、自らの著書『政治家の覚悟』(文春新書)の中で、ご自身が、総務大臣に就任するやすぐにNHK担当課長を「左遷」したエピソードを、「改革」を推し進める有効な手段のひとつとして例示している。
《改革を実行するためには、更迭も辞さない。困難な課題であるからこそ、私の強い決意を内外に示す必要がありました。マスコミはこの種の話題を面白おかしく書きたてますが、それを恐れては必要な改革は実行できません。結果として官僚の中に緊張感が生まれました。組織の意思が統一され、一丸となってNHK改革に取り組むことができたのです。》
〔菅 義偉. 政治家の覚悟 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1451-1455). Kindle 版. 〕
さらに、同書の第六章(←なにしろ章タイトルが《「伝家の宝刀」人事権》ですからね)では、ノンキャリアの官僚を局長に抜擢する人事を提案した際、これまでの慣例を破る菅新大臣の人事案に抵抗した役所の責任者が、そのノンキャリアの役人を「局長」よりワンランク下の「所長」のポストにハメ込む人事を提案してきた事例を紹介している。
その責任者の言葉をさえぎって命令を徹底した時の様子は以下の通り。
《「おれは、局長、と言ってるんだぞ」と不快感を表すと、「失礼しました!」責任者はすぐに退去し、新しい局長のポストを用意してきました。》
《菅 義偉. 政治家の覚悟 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1477-1478). Kindle 版.》
この本をはじめて読んだ時、
「オレが怒鳴りつけて屈服させたわけだよ、ははは」
式の「武勇伝」を、わざわざ自著に書いて出版してしまう菅さんの神経にたいそう驚愕したものなのだが、ともあれ、菅さんは、自身の政治手法に強い自信を持っている。
であるから、菅さんは、「左遷」という言葉を、3月1日の衆院予算委員会の答弁の中でそのまま使いながら
「私はすべて政策によって人事をしている。そうでなければ(担当課長を)左遷したことを(自著に)書くわけがない」
と言い放っている。
みごとに居直っている形だ。
「左遷してどこが悪い」
と。
そう真正面から言われてしまうと、こちらとしてはあらためて考え込んでしまう。
ん? もしかして、間違っているのはオレの方なのかな、と。
どうやら、菅さんは
「役人を胸三寸で左遷するのが政治家に与えられた権力で、その権力はあなたがた有権者がわれわれに投じた票に由来している」
という順序でものを考えている。
どうしてこれほどまで思い上がってしまったのだろうか……というこの決めつけは、たぶん、言い過ぎなのだろう。
というよりも、役人を左遷することについての菅さんの言い分を
「その通りじゃないか」
と思って受け止めている日本人の数は、私が思っているよりずっと多い。
正直なところを告白するに、私は、先日来のご長男に関連する接待スキャンダルと、それに伴う逆ギレ会見を横目で眺めながら、
「ああ、いよいよ菅さんも終わりだな」
と思っていた。
でなくても、少なくとも菅内閣の支持率が急落するであろうことは、確信していた。
ところが、3月のはじめに報道各社が実施した世論調査を見ると、なんと、支持率は、横ばいか、メディアによってはむしろ微増していたりする。
ご長男をめぐる報道がむしろ世の子を持つ親たちの同情を集めたものなのか、それとも、あの逆ギレに「たくましさ」を感じるタイプの新しい人類が誕生しはじめたということなのか、とにかくこの困難なコロナ禍の中、菅内閣は支持を失っていない。
この謎は、いまのところ、私の頭脳では解けない。
ほかのことを考えよう。
思うに、政治家の「怒り」は、小泉(純一郎)改革からこっち、特に第二次安倍政権以降、「政治主導」という魔術的な理路を通じてじわじわと正当化されている。
理屈としては
「政策立案や国家の大方針の決定は、試験を通って職務に就いているだけの役人よりも選挙で選ばれた政治家が担当する方が民意に沿っている」
「役人の人事を役人にまかせているとあいつらは必ず自分たちの業務を利権化してかかえこんで自分たちの思い通りに運用しにかかるので、官僚の生殺与奪の権は選挙という試練をくぐりぬけた民意の代表である政治家に委ねるべきだ」
といったほどの話で、この考え方を具現化したのが、国家公務員法の改正(2014年)であり、内閣人事局の新設(同)ということになる。
で、この「政治家が官僚の人事権を握るべきだ」という思想(あるいは「信仰」)は、菅さんの頭の中では、
「適材適所」
という四文字のお題目に圧縮されている。
ためしに、手近なパソコンで
「菅義偉 適材適所」
という2つの単語でGoogle検索を実行してみると良い。
結果は、
こんな調子のページの羅列になる。
なるほど。
菅さんは、総裁選に出馬した折、自身の政見を打ち出す時にもこの「適材適所」を看板に掲げている。
官房長官時代には、財務省の文書改ざんを主導したとされる当時の佐川宣寿・財務省理財局長を国税庁長官に据えた人事の真意を問われた時も「適材適所」を理由に挙げている。
さらに、つい先日、ご自身のご長男との間での接待疑惑を報道された総務省の複数の職員を「左遷」させる人事についても、加藤勝信官房長官に「通常の適材適所の人事」という説明をさせている。
「適材適所」のキモは、「材」という文字の中にある。
政治家から見て役人は、「材」すなわち「部品」「道具」「下支え」「駒」に過ぎないのだぞという人間観が、この言葉を成立せしめている根本思想だ。
そして、その「材」の適否を見極めて適切な「所」(←「官僚機構の内部の特定の階梯なり職務なり」てなことになりますね)にハメ込むための、権力と権能と権利と権威は、われわれ政治家が掌握しているというのが、「適材適所」の主張だというお話になる。
してみると
「適材適所」
という言葉を振り回している政治家は、つまるところ「役人なんてものは要するに『材』なわけだから、その配置や異動やら出世やら更迭やらをふくめた生殺与奪の権はオレら政治家の胸三寸のうちにあるのだぞ」ということをアピールしにかかっているわけで、つまりこの言葉は恫喝なのである。
「オレはおまえたちをいつでもトバせるんだぞ」
「無事に出世したいのならオレの鼻息をうかがっておくのが身のためだぞ」
と。
実際、3月3日の参院予算委員会で、菅首相は
森ゆうこ氏(立憲民主党)への答弁の中で
「政策に反対する者については、政策を掲げて政治家として大臣になったのだから(担当者を更迭し)、政策を実現することは当然なことでないか」
と答えている。
これまた
「おそれいりました」
以外に返事の申し上げようがない。
この人は、「確信犯」で恫喝を繰り返している。
しかも、その旨の指摘に対しても恫喝を以てこれに答えている。
二階俊博幹事長も同じだ。
あるいは、やり口としては、この人のマナーの方がより率直かもしれない。
ちょっと前に4月を期したNHKの新人事が発表されて話題になった。
詳しくはリンク先の記事を読んでみてほしい。
「菅と二階の怒りを買った2人が飛ばされた」……NHK有馬キャスター、武田アナ降板の衝撃
池上彰氏「NHKが独立した報道機関であることを示す絶好のチャンスを潰してしまいました」
二階幹事長は、テレビカメラの前で武田アナウンサーに対して
「いちいちそんなケチをつけるもんじゃないですよ」
と言ったのだそうだ。
私は、全国民が注視している中で、こういうセリフを言った政治家が無事で、言われた側の放送人が職場を去ることになった国で、自分が暮らして行かなければならないことを、自分自身にうまく説明することができずにいる。
ところで、今回のこのお話には結論がない。
そんなわけなので、
「どんな話であれ、どうせ結論なんてはじめからありゃしないのではないでしょうか」
と、最後は、反語でしめくくっておくことにする。
私は苛立っている。
(文・イラスト/小田嶋 隆)
延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?
現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!
ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019
同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。
私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。
それが日本の私たちの、この5年間だった。
まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。
別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。
ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)
人気連載「ア・ピース・オブ・警句」、満を持して刊行。
『小田嶋隆のコラムの切り口』『日本語を、取り戻す。』に続き、『災間の唄』も10月22日に発売です
この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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