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 「女性はいくらでもうそをつけますから」
 と、杉田水脈議員は言ったのだそうだ。記事にはそう書いてある。

 見出しを読んだだけでは、この発言の悪質さは伝わらない。
 うっかり読むと、杉田議員は個人的な観察を述べただけであるように思える。
 というのも、実際、女性はうそをつくことができるからだ。

 うそをつくのは女性だけではない。男性だってうそをつく。子供も大人も、当然ながら、うそをつく。のみならず、日本人も外国人も、金持ちも貧困層も、およそすべての人類は例外なくうそをつくことができるし、現実に、多くの人間は、うそをつきながら日々を暮らしている。

 そういう意味で、一般論として述べるのであれば、杉田議員の言葉は間違っていない。間違っていないどころか、人類普遍の真実を端的に述べた勇気ある言葉であると評価することさえ可能だ。

 しかし、杉田議員は一般論を語ったのではなかった。
 彼女は、性暴力に対する相談事業について語る文脈の中で、被害女性が自身の被害について虚偽の申告をする可能性を示唆したのである。

 とすると、これは、性暴力被害を告発している女性たちの名誉を傷つける言語道断の暴言ということになる。性暴力犯罪の告発と根絶のために地道な努力と啓発を続けてきたすべての関係者の努力を踏みにじる発言でもある。

 「魂の殺人」という言葉で呼ばれるレイプ被害から立ち上がって、自分の名前と顔を晒しながら加害者告発の活動に身を投じている伊藤詩織さんをはじめとする性暴力被害者を、うそつき呼ばわりすることは、よく言われる言い方だが、「セカンドレイプ」そのものだ。
 ……てな調子で、性暴力の被害者に寄り添ったお話をすると、必ずや、定番の揶揄と冷笑が寄せられることになっている。

 被害女性の立場を代弁する立論には、毎度
 「利口ぶっている」
 「いい人ぶっている」
 「そんなにまでしてモテたいのか」
 「言ってることがまるっきりの◯◯騎士団で草」

 といった調子の言葉を投げつける人々が現れるのだ。

 彼らが、被害者側に立つ理由として
 「モテたい」「利口ぶりたい」「いい人ぶりたい」
 という軽薄な動機しか思い浮かべられないことに、私は、毎度驚愕するのだが、それ以上に、彼らがどうして必ず加害者側の立場に立ちたがるのか、その理由がどうしてもわからない。

 もしかして、いつも加害者の側に立つことが、強さを保つ秘訣だとか、彼らはそんなふうに考えながら生活を営んでいるのだろうか。
 ちなみに、「○○騎士団」の○○には、商業ベースの媒体には表記できない単語が割り当てられている。類推して補った上で読んでいただきたい。

 とにかく、杉田議員の発言の陋劣さについて、私がこれ以上くどくど弁じ立てたところで、たいした効果は期待できない。リンク先の記事を読む方がずっと有益だろう。杉田発言の背景が丁寧に説明されている。