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 その上で、私個人の印象を述べるなら、21世紀の日本人が、出羽守を一方的に嫌う方向に変化しつつあるのは、良くない傾向だと思っている。

 高度成長とバブル景気で一時的にせよ世界経済の頂点に立った時代の日本人は、むしろ謙虚だった。
 「ジャパン・アズ・NO.1」という海外からの声を、当時の日本人はあまり本気にしていなかった。
 まだまだ諸外国に学ぶべきことがたくさんある、と、われわれはそういうふうに思い込んでいた。
 あるいは「諸外国に学べ」というのは、昭和の日本人に特有な強迫観念の類で、その昭和の思い込みが、出羽守の跳梁跋扈を許していたということなのかもしれない。

 しかし、とにもかくにも、その日本中に出羽守があふれていて、多くの日本人が出羽守のご託宣に唯々諾々と従っていたあの時代、うちの国は、前代未聞の成長を続けていたのである。

 もっとも、コトの因果は、実のところ、はっきりしていない。
 バブルに浮かれた日本人が過信に陥った結果、成長が止まってしまったということなのか、逆に、国運の衰退を実態通りに受け止められない低迷国家の国民の気分が、夜郎自大な愛国心の高進に結びついているものなのか、いずれが真相であるのかは誰にもわからない。

 TIME誌の「100人」のニュースが配信された同じ日、「新しい歴史教科書をつくる会」の流れをくむ育鵬社の教科書を採択する学校の減少傾向を伝える記事が、いくつかの新聞に掲載された。

 このニュースを受けて、産経新聞は
 《教科書採択 自虐史観の復活が心配だ》
 というオピニオン記事を配信している。

 「自虐史観」の対義語は、「自尊史観」だろうか。
 国民一人ひとりが自尊感情を抱くことの是非はともかくとして、歴史的事実から目をそむけることがあってはならない。

 出羽守の言葉は、時に耳に痛いものだし、こちらの自尊心を毀損することもある。

 しかし、出羽守は、戦後の日本の復興を背後から支えた功労者でもあると私は思っている。

 私たちはもう一度出羽守に叱られるべきなのではあるまいか。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?

現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!


ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019

 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。

 私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。

 それが日本の私たちの、この5年間だった。
 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。

 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。

 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)

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