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 理由は、たぶん、その方が扱いやすいからでもあれば、キャラクター商品の売り上げに貢献するからでもあるのだろう。
 このスポーツマスコミによる「娘呼び」問題については、10年前のバンクーバーオリンピックの直前に当欄で原稿を書いたことがあるのだが、残念なことにリンク切れになっている。
 自分のブログに再掲しておいたので、興味のある向きは見に行ってみてください。

 コロナ下の断末魔にあえぐわれらがスポーツメディアは、この期に及んで、いまだに女性アスリートを「娘」や「孫」のように扱いたがる。
 このことは、スポーツ観戦者たるわれわれが、孫の運動会を見に行く祖父母の目線で競技を眺めていることを物語っている。

 一億総祖父母。
 いやな時代に生まれ合わせてしまったものだ。

 最後に、大坂なおみさんのツイッターに向けて、大量に寄せられた反発と非難のリプライを眺めながら考えたことを記録しておく。

 女性差別でも黒人差別でも、あるいは沖縄の人々への不当な扱いへの抗議でも、いつも同じタイプの罵倒の書き込みを繰り返す人々がいて、その中には、いわゆる「ネトウヨ」に分類される人たちが大量に含まれている。
 このことは、もはや誰もが知っている退屈な事実でもある。

 実際、大坂なおみさんに醜い言葉をぶつけている人々の7割以上は、いわゆる「ネトウヨ」と呼ばれる人たちだった。
 この人たちに対して、私の方から特に伝える言葉はない。

 逆に言えばだが、私は、あの人たちには、何を言っても無駄だと思っている。
 彼らは、あるタイプの動員の笛に呼応して集結した、個体識別不能なボット型プログラムみたいなものだ。マジメに応対すべき対象ではない。

 むしろ、面倒なのは、ネトウヨとは別の人たちだ。
 ネトウヨとはまるでタイプの違う、もう少し知的なものの言い方で大坂選手をやんわりとたしなめにかかっている人たちこそが、実は、差別を固定することに最も熱心に情熱を傾けている人々なのである。

 彼らは、たとえば大坂選手に
 「あなたは、他人の差別を指摘できるほど完璧な人間なのですか?」
 という感じの質問を投げかけていたりする。
 これは、一見すると、なんということもない自然な問いかけに見える。しかしながら、この問いは、実のところ、相当に念の入った嫌味を含んでいる。

 事実、この問いは、翻訳すれば
 「完璧な人間でなければ他人の差別を指摘できるはずはないと思うのですが、あなたはその完璧な人格者なのですか?」

 という厄介なトラップ(罠)でもある。

 差別の問題を扱うと、必ずこの種のトラップに手を焼くことになる。

 というのも、反差別の運動を敵視する人々(彼らは、差別に反対する人々を「反差別界隈」という呼び方で分類していたりする)は、「反差別運動に従事している人間こそが、差別を助長している」という魔法のような論陣を張って、差別への抵抗運動を貶めにかかっている人々でもあるからだ。