「キャンペーンそのものの当否はともかく、いまやることじゃありませんね」
 「百歩譲って、旅行業者の窮状を救う必要があるのだとしても、こんなまわりくどい方法を採用する意味がわからない」
 「ただでさえ給付金業務の事務委託費を電通に丸投げにしている件が炎上しているさなかで、同じように痛くない腹をさぐられかねない膨大な事務費のかかるキャンペーンを強行する意図は那辺にあるのか」
 「ものには優先順位がある。医療崩壊の危機に瀕している医療・保健行政の現場や、先日来の水害で今日住む場所にさえ困窮している被災地を差し置いて、旅行業者の救済を優先する政府の姿勢には、強い利権の影響を感じる」
 「そもそも、第二波の到来が強く疑われる状況下で、国民に旅行を促す姿勢自体が不見識だし、感染予防の観点からも到底承服しかねる」
 「全国旅行業協会(ANTA)の会長の座にある人間が、自民党幹事長の二階俊博氏であることは、誰もが知っている事実だ。とすれば、このGo Toトラベルなる観光支援施策自体が、ためにする利益誘導と思われても仕方がないわけで、李下に冠を正さずという観点からも、いまこの時にこんなスジの悪い政策を強行する必然性は皆無ではないのか」

 と、代表的な反対意見を並べてみただけでも、このキャンペーンの悪評ふんぷんぶりは明らかだ。事実、私自身、Go Toトラベルのキャンペーンに積極的に賛成している人間を一人も見たことがない。

 賛成意見も  「いまさら中止できない」
 「どっちみち感染拡大が止められないのなら、せめて経済を回しながら感染拡大と対峙する方が現実的なのではないか」
 「コロナで亡くなるのはご老人だけで、してみると、若干のタイムラグが出るだけで、この数年をトータルした死亡者数ということなら結局は同じことなのだから、どんどん経済を回す方が良い」

 といった感じのヤケッパチなご意見に限られている。

 なお、最後にご紹介した意見は、「癌患者専門の在宅緩和ケア医」を名乗るアカウントがツイッター上に発信していたものだ。

 念のためにより詳しく書かれたバージョンをご紹介すると
 《スウェーデン方式だと亡くなりそうな高齢者が予定より数年早く亡くなる。自粛方式だと、亡くなりそうな高齢者を自粛期間の分だけ、延命出来る。キャリーオーバー作戦。数年たてば、総死亡者数はどちらも変わらない。経済損失は雲泥の差になる。高齢者の皆さん、死にそうな人が亡くなるだけですよ。》
 という文言になる。

 特定個人の発言をあげつらうことは、当稿の趣旨にそぐわない。なので投稿主を特定できる形でツイートをまるごと引用することはせずにおく。
 とはいえ、医師を名乗るアカウント(←真偽はともかくとして)が、この時期に、こういう見解を拡散していることを、軽視して良いとは思っていない。

 「数年たてば、総死亡者数は変わらない」
 というこの論法は、「医療」という営為を、かなり根本的な次元で否定し去っていると申し上げなければならない。

 「数年」を「数十年」に変えれば、
 「数十年たてば、医者にかかろうがかかるまいが、総死亡者数は変わらない」
 という話になる。

 とすると、医療は、延命のためにかかるコストと、コストに見合う延命効果を両睨みにした、コスト&ベネフィットを勘案すべき事案に還元される。

 注目せねばならないのは、このアカウントが「亡くなりそうな高齢者を自粛期間の分だけ延命する」ことの価値を、自粛によって生じる「経済的損失」よりも低く見ている点だ。
 つまり、この人物にとって、「価値の低い生命の延命」は、「経済的な利益の最大化」よりも、優先順位として低いわけだ。

 でなくても、このお話は、個々の生命に価値の優劣を設定して、その優劣に値札を付けないと、医療現場における「有意義な延命」と「無価値な延命」を区別できない、というお話に発展せざるを得ない。

 さらにおそろしいのは、最後に添えられた
 「死にそうな人が亡くなるだけですよ」
 という一見クールに(あるいは専門家っぽく)聞こえる断言が、命の選別を前提としている点だ。

 この人は、人間を「死にそうな人」と「死にそうでない人」に分類したうえで、前者の命は救うに値しないということを暗に述べている。
 しかも、そういう冷徹な判断ができるオレって素敵(たぶん)と考えている。医者の中二病は、まことに度し難い。

 この思想は、優生思想のど真ん中ともいうべき考え方で、この考えの持ち主は、結局のところ人間の生命を「生産に寄与する生命」と「生産に寄与しない生命」に分類して、前者の延命に医療資源の投入を集中することによって、より効率的な社会が実現すると信じていたりする。

 私自身、高齢でもあれば基礎疾患を複数かかえている患者でもある。
 仮に、私が、自分の生命の価値をこの医師の判定に委ねたのであれば
 「10年に満たない余命を、高額な医療費の継続的な投入を前提に延命させるべきであるのかを問われるのであれば、ここは、不要と判断せざるを得ない」
 てな調子のお墨付きを頂戴することになるはずだ。その自信はある。