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 すると、これに対して
 《米国の黒人家庭では警官の心象を悪くしないように体験談を交えてどう振る舞うべきか、親が子に助言することがあるという動画が話題になっていました。これって黒人の親が黒人差別思想に囚われているからなのでしょうか?(原文ママ)》2020年6月24日午後1時27分
 という反論が返ってきた。

 このリプライに対して、私は、以下のように返答している。
 《黒人の親がその子供に「警官の心証を悪くしない」振る舞い方を教えるのは、彼ら自身が黒人差別思想に囚われているからではありません。むしろ、差別の中で生きることを余儀なくされている人々が、差別に適応した処世を内面化してしまっている悲しい姿だと思います。
続きます。》
 《女性に対して「ナンパしてくる男を怒らせない振る舞い方」を求める人たちは、当該の女性たちに「差別の中で生きる処世」を求めています。同じ社会に生きている人間が、別の属性を持つ人間に対して「差別されることを前提とした生き方を求める」ことは、差別以外のナニモノでもないと私は考えます。》2020年6月24日午後1時34分

 一連のやりとりを順を追って読んでもらえれば、私がこの件について考えたことの大筋は理解していただけると思う。
 しかしながら、今回、私が本当に伝えたいと思っているのは、実は上記のポイントではない。私の本意は、特定の事件についての見解とは別の話にある。それは、冒頭でBLMの話を持ち出したことと関連している。

 どういうことなのかというと、私は、女性であれ、アメリカの黒人であれ、あるいは在日コリアンであれ辺野古の基地建設に反対している沖縄の住民であれ、何らかの理由で、抑圧や差別と戦っている人々を見つけると、反射的に逆張りをする人たちが、実は同じ集合に属する同じ人々であることに今回あらためて気づいたということをお知らせしたいと思って、それでこの原稿を書きはじめた次第なのである。

 実際、まるで別々な背景を備えた様々な別個の出来事についての、彼らの足並みの揃いっぷりは、ほとんど神秘的ですらある。

 彼らは、正義を要求していたり権利を主張していたりする人間へのいらだちを隠さない。

 その彼らの論法はいつも一緒で、
 「正義の反対語は別の正義だ」
 「自分の正義を確信している人間はどんな残酷なことでもやってのける」
 「地獄への道は善意の煉瓦で舗装されている」
 「正義に酩酊し糾弾の快感に嗜癖している人々が世界を破壊する」
 「反逆クールに酔っている人間は反体制という体制を防衛している」
 「弱者憑依の言説を唱える人間は、無敵の弱者を盾に自分たちの権益を拡張しようとしている」

 てな調子の逆張りのスローガンを連呼しながら、弱者に寄り添ったり差別に抵抗したり、人権の擁護を要求する人々を嘲笑し、攻撃し、相対化し、最終的には無効化しようと日々励んでいる。

 おそらく、彼らは、現状が現状のままであることを強く願っている人々で、そのためにこそ、あらゆる場所で、反人権、反・反差別、反PC(Political Correctness)、反BLM、反フェミニズムの旗を振っているのだろうと、当面、私はそんなふうに考えている。

 気をつけなければならないのは、彼らに「ネトウヨ」という雑なレッテルを貼る愚をおかしてはならないということだ。
 実際、彼らはいわゆる「ネトウヨ」とはかなりかけ離れた人々だ。
 主張において、ネトウヨと重なる部分を多く持っているとはいえ、彼らはほとんどまったく右側の人間ではない。

 では、彼らはいったい誰なのだろう。

 実は、私はいまもって彼らの正体をつかまえきれずにいる。

 いずれ、誰かが適切な名前をつけてくれることだろう。

 それまでは、単に「マルチアンチ」と呼んでおくことにする。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?

現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!


ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019

 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。

 私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。

 それが日本の私たちの、この5年間だった。
 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。

 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。

 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)

 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成、3月16日、満を持して刊行。

 3月20日にはミシマ社さんから『小田嶋隆のコラムの切り口』も刊行されました。