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 現時点でわりとはっきりしているのは、人種をめぐる社会的な対立の問題がこれほどまでに明白な亀裂をあらわにしてしまった以上、新型コロナウイルスがアメリカ社会に投げかけているかに見えた諸問題は、むしろ背景に引っこんでしまうだろうということだ。

 もちろん、ウイルスとの戦いが解決したということではない。終了したわけでもないし忘れてもかまわない話になり変わってしまったのでもない。

 ウイルスが引き起こすであろう様々なトラブルの中で、感染症の問題は、もはや喫緊の課題というよりは、腰を据えて取り組むべき長期的な宿題になって行くはずだということだ。われわれは、むしろ、ウイルス禍によって蓋を開けられた社会的、政治的、経済的な問題への対応に追われることになる。

 結局、新型コロナウイルスは、その感染圧力によって、パンデミック以前の社会に潜在していた、より深刻な問題をあぶり出したことになる。

 同じ事態を、ウイルスの側から観察してみると、ウイルスは、自らが掘り起こした問題の深刻さによって、脇役の位置に退くことになるわけだ。

 かように、新型コロナウイルスは、様々な場所で、その息苦しくも無差別な圧力によって、それまで隠されていた社会の問題を顕在化させている。

 新型コロナウイルス以前に、アメリカに人種問題が存在していなかったわけではない。人種をめぐる問題は、あの国の歴史が始まって以来、常に底流していた。当然だ。1964年に公民権法が成立した後も、社会のあらゆる場所で対立と緊張を生み出していたというふうに考えなければならない。

 それが、今回、ウイルスがもたらした緊張と不安の中で爆発したわけだ。

 あるタイプのウイルスは、感染者の免疫力がなんらかの理由で低下したタイミングで突然、症状を明らかにしはじめる。

 面白いのは(いや、実際には面白くもなんともないのだが)、アメリカ社会において、人種問題に着せかけられていたマスクを剥ぎ取る役割を果たした新型コロナウイルスが、日本では、むしろ既にある様々な矛盾や不都合を隠蔽する方向の圧力として機能していることだ。