君たちにぜひ知ってほしいのは、伝言板世代の人間であるわれわれ(オダジマを含めた50歳以上の男たち)にとって、上記の自己責任に基づいたメディア・リテラシーの五箇条の御誓文は、何回か実際に痛い目を見た経験を通じて、やっとのことで身につけて、いやいやながら従っている、およそめんどうくさくもよそよそしいきまりごとに過ぎないということだ。

 ことコミュニケーション作法に限った話をすれば、わたくしども20世紀の若者は、今の若い人たちには想像もつかないほど甘ったれた人間たちだった。
 われわれは、胸のうちで思ったことをさしたる抵抗なく口に出したものだし、そうすることで起こったトラブルにもおおむね鈍感だった。

 「なんだ。やけに神経質なヤツだなあ」
 てな調子で自分がひどいことを言ったにもかかわらずにやにや笑っていた。

 他人の秘密をあばくことにも、自分のプライバシーを開陳することにも、犯罪告白にもおよそ無頓着だった。
 のみならず、昨日言ったこととまるで違うことを今日口に出すことを恥じなかった。ダブルスタンダードなんていう言葉は、そんな言葉があることすら知らなかった。発言の記録が残ることもなかったし、失言一発で職を失うようなリスクとも無縁だったからだ。

 だから、学生といわずサラリーマンといわず、昭和の人間たちは、いつも不穏当な失言をしたい放題に発信して、それで問題が起こっても、
 「ごめんごめん」
 で済ませていた。
 「めんご」
 という謝罪法さえ開発されていた。これは、
 「オレは、本当は反省なんかしていないけど、ここは一応おまえらの顔を立てて謝罪のカタチだけ見せてやることにする。めんごめんご」
 というアレで、最近では麻生さんくらいしか使わない奥のテだ。

 話を元に戻してそろそろ結論を述べよう。
 当稿は、伝言板が、不正確かつ曖昧でどうにも不徹底かつ無責任なクソ甘ったれたコミュニケーションツールであった旨を振り返ったテキストだったわけだが、その理由について、私は、伝言板そのものの機能の貧弱さにその責を求めるべき話ではないと思っている。あれがあんなふうであったのは、われわれがそんなふうであったからだ。つまり、わたくしども20世紀の人間は、少なくともコミュニケーションに関しては、およそ野放図で信用ならない人々であったということだ。

 ひるがえって、ツイッターが厄介で剣呑で重箱の隅をつつくみたいで、口うるさくてひがみっぽくてうそつきなのは、それを使っているわれわれがそんなふうな人たちだからであると考えなければならない。
 つまり伝言板とツイッターの間にある気の遠くなるような距離は、ツールとしての性質の違いに起因する違いではなくて、どちらかといえば、それらを扱う人間たちのこの40年間の変容を反映しているということだ。

 われわれは、賢く、慎重になった。
 そして、それ以上に臆病になってもいる。

 結果として、昨今の若い人たちは、非常に行き届いたコミュニケーション作法を身につけている。

 彼らはなにより、ほとんどまったく他人に甘えていない。感情的になることもないし、バカなことも言わない。出過ぎたマネもしない。いつも冷静な、実にハードボイルドな人たちだと思う。

 見ていて、人間としての品質の高さに驚きつつ、ちょっとかわいそうになるときもある。ほんとうのところ、彼らは大丈夫なのだろうか。

 ともあれ、最終的にわたくしども21世紀の情報至上主義ピーポーは携帯火炎放射器みたいな情報ツールを使いこなすに足る、極度に慎重な姿勢を身につけるに至っている。あっぱれなことだと思う。

 ただ、それでわれわれが幸せになったのかどうかは、誰にもわからない。

 私個人としては、伝言板に書く文言を工夫するために20分ほど駅頭に立ち尽くしていた40年前のあの場所に戻れるのであれば、いくら支払ってもかまわないと思っている。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?

現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!


ア・ピース・オブ・警句<br>5年間の「空気の研究」 2015-2019
ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019

 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。

 私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。

 それが日本の私たちの、この5年間だった。
 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。

 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。

 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)

 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成、3月16日、満を持して刊行。

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