実際、駅の伝言板が果たしていた役割と、21世紀の必需品たるスマホの機能を比較し、また伝言板を利用していた1970~80年代の若者たちと、スマホとインターネットを駆使している現代の若者たちの情報感度ならびにコミュニケーション能力を見比べることで、自分たちがたどりついてしまったこの時代の意味を明らかにすることができたら、当稿は有意義なテキストになるはずだ。
 そんなことが可能なものなのかどうかは、まだわからないが。

 さて、伝言板係の一年生は、一応の心構えとして、その日のコンパ情報を外部の悪意ある人間が簡単に読み取れない形式で記述する職責を担っている。
 「6時半さかえ通りコマツ先着30人締切:男2000円女子1000円早稲女3000円」
 みたいな、あからさまな書き方はよろしくない。鼻の下をのばしたサラリーマンがまぎれこんできたりして、必ずや面倒なことになるからだ。

 で、伝言板係としては
 「フォーメーション1830清瀧斜め向かいコ◯◯秋のリーグ戦会議」
 くらいな、適当にボカした書き方でデータを書き込むわけなのだが、私の場合、生まれ持ったサガゆえに、こういうところでもウケ狙いの一発ネタをもぐりこませずにはおれなかった。のみならず、文体のズラし方も、変に凝りすぎていて、ニブめの学生には伝わらなかったりした。

 で、いまの言葉で言えば「炎上」したわけです。

 「伝言、まるで意味わかんなかったんだけど」
 「青木狼の夕べってどういう意味だ?」
 「あれでさかえ通り見つけろってパズルでしょ」

 もっとも、オダジマの書き込みに限らず、当時の伝言板に記されていた文字は、ほかの誰かが書いたほかの目的の書き込みも含めて、意味不明なものが多かった。
 というよりもあれは、ガチなコミュニケーションツールであるよりは、サルの群れにとってのグルーミングみたいな「じゃれ合い」「もたれ合い」のための場所だった。

  • 交際初期の恋人同士によるあられもない愛の告白
  • 暴走族のツーリング告知
  • 待ちぼうけを食って帰宅する男の愚痴
  • 謎の商材屋集団による謎のマーキング
  • 祈り

 などなど、関係者以外には解読できない暗号文も含めて、伝言板のメッセージは、情報として要約される以前のコミュニケーションの体温そのものを伝えているテのものが多かった。

 これは20世紀の人間が、それほど相互に孤立していたということでもある。
 随時の連絡が簡単でなかったからこそ、われわれは、顔を合わせる機会では、おどろくほどベタベタしていた。実家に遊びにきた下宿学生は、夕飯を食べさせても帰ろうとしなかった。というのも、YouTubeもスマホもない時代の下宿学生の夜はどうにも時間のつぶしように困る呪われた空白だったからだ。一事が万事こんなふうで、われわれは、いまの若い人たちが二言目には冷笑する「必死な」「ベタベタした」「お花畑の」「しつこい」人々だった。